上 下
280 / 281
最終章 精霊の愛し子

280 もう一つの呪い

しおりを挟む
 


 ――伴侶の愛を得られない。

 目の前に座す国王が、深い悲しみの瞳で僕らを見つめた。
 その瞳は、二年前の夜の庭園での出来事を思い出させる。

 当時、アクファリ王国のマグノアリ王太子の身勝手な求婚と、自分の将来に悩んでいた時、陛下は自身の過去を話してくださった。僕の祖母にあたるクリスティアナ王妃の愛を、生涯得ることができなかったということを。
 そして僕の叔父にあたるオリヴェル王太子は、カエターンに恋心を持ってしまったため命を失った。

「では……お祖父じいさまの、父上やお祖父さまも?」
「さよう。その前の代、更に前の代の国王も皆、伴侶の愛を得られず生涯を終えた。スラヴェナの想いを知りながら己の欲を貫き、精霊たちの警告を無視した、その報いである」

 精霊は基本的に、こちらから働きかけない限りかかわりを持ってこない。
 あえて言葉をかけてくる時は多くの生き物たちの命にかかわることや、未来を大きく変えてしまうような出来事がある時。
 ツィリルが行った出来事は、正に国の行く末を変えるものだったのだから。

 息を継ぎ、陛下はふと微笑みを浮かべる。

「だからこそサシャ、そなたがアランと結ばれること……余は喜びをもって見ているのだ」

 国王としての瞳ではなく、祖父としての眼差しで、オレクサンドル陛下がいう。
 そしてアランに顔を向け今一度確認するかのように問う。

「嘘偽りなく、魂にかけて、サシャを愛し慈しむと誓えるかね?」
「誓います」

 アランが静かな声で即答する。
 その言葉に、僕の体は小さく震えた。

 アランと再会して、本心を語り合ったあの夜から何度となく言われていたけれど、それでもこうして改めて言葉にされるたびに僕の魂が喜びに震える。
 アランが手を伸ばし、僕の手を握った。
 僕も頷いて握り返す。
 六年前に離した手を、もう離したりしないというように。

 陛下は頷いて答えた。

「ツィリルの罪はそなたらが結ばれることで赦され、呪いも消えた。今後、何があろうと、バラーシュ王国から呪いが消えるに勝るものではない。心を喪った王が正しく国を保つなどできぬのだから。……余は真にそなたらのさちを願う。たとえ子が生まれようと、生まれなかろうと」
「陛下……」
「王は血筋に寄らずとも、民の安寧あんねいを守る者であればよい、と余は思っておる。もっともサシャの子を願う者は多い。励めよ、としか言えぬの」

 声を上げて笑う陛下に、僕の顔は赤くなった。
 エルフとしての奇跡があれば可能とは言われているけれど、まだ具体的に何をどうすればいいのかわかっていない。これから婚礼までの間にちゃんと調べて、準備をしなければいけないんだろうな……とは思っていても、いろんなことがいっぺんに起こりすぎて、頭が付いて行っていないのもある。
 王となる僕がこんなことではいけないのに。

 情けない顔でアランを見ると、口の端を上げて笑う顔が返ってきた。

「その点は抜かりなく、対処していく考えです」
「うむ、任せたぞ」

 言うと、陛下が軽く手を挙げた。
 同時に部屋を覆っていた魔法が解ける。内緒話はこれで終わりということだ。ドアを軽くノックする音がして、一礼をした従者が入室してきた。

「サシャ、最後に言っておくことがあった」
「はい」
「以前、夜の庭園で話したことがあったな。我が娘にしてそなたの母、オティーリエが様々な理由から王城の暮らしを捨て、エルフの青年の元に嫁いだこと。余はそれを許したが、夫となる者の愛を得られるかは別の話であった」

 ツィリルの呪いが及ぶのなら、母さまは父さまを愛しても愛されない可能性があった。けれど……。

「母さまと父さまはとても仲が良くて、いつも笑っていました。最期の最期まで、父さまは母さまを守ろうと腕の中に抱いていました」

 あの夜の言葉をもう一度伝える。

「生き延びて、そして心から愛する人を見つけるのだと言い残すほどに」

 僕は二人の子として生まれたことを誇りに思う。



「母さまはとても幸せでした」



 陛下が――お祖父さまが微笑む。

「うむ、その言葉を聞いて、もう思い残すことはない」

 呟く言葉に、アランが答えた。

「まだ、陛下にはお勤めが残っておいでです」
「はて?」
「その御手に、ひ孫を抱くという勤めが」

 にっこり笑うアランに、陛下はもう一度声を上げて笑った。




 陛下の部屋を出ると、扉の外にはアーシュとロビンが待っていた。

「長い話でお疲れでしょう。庭園の四阿あずまやにお茶とお菓子をご用意しております。ラダナ殿との会食までの間、お二人でお休みください」
「アーシュ」
「今は、二人で話したいこともあるでしょう」

 ちらり、とアーシュがアランに視線を送る。
 頭を軽くかきながら「そうだな」と答える言葉に、アーシュは頷いた。やっぱり陛下が僕らに何を伝えようとしていたのか、アーシュは知っていたんだ。

「会食では、おそらく二国の在り方や今後のアラン殿の……モルナール国王となるべく話題や婚姻について、様々に触れるでしょう。ラダナ殿は気の短い方のようですから、ゆっくり食事を楽しむということにはならないかと……」
「めんどくせぇなぁ」
「ふふっ……」

 ぼやくアランに僕は笑う。

「でも、ここで主導権を取っておいて有利に話をもっていった方が、後々楽だよね」
「サシャ殿下のおっしゃる通りで」

 アーシュも頷く。
 そのための休息、もしくは僕とアランとの作戦会議ということかな。今更話し合うことは多くないと思うけど。

「会食の準備が整いましたら、またお迎えに参ります」

 そう言ってお茶の準備を終えたロビンやメイドたちと共に、アーシュは四阿を離れていった。
 夏の、まだ日はあるとはいえ夕暮れ時の風が、二人きり庭園に流れる。
 鳥たちの声が聞こえ、金色の日に染まった夏の花が揺れる。
 前にここでアランと二人きりで会ったのは、たしか真夜中のことだった。

「ここでサシャと堂々と会える日が、こんなに早く来るとはな」

 ベンチに座ったアランを見下ろすと、見つめ返す熱い瞳に僕の胸が鳴った。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...