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最終章 精霊の愛し子
280 もう一つの呪い
しおりを挟む――伴侶の愛を得られない。
目の前に座す国王が、深い悲しみの瞳で僕らを見つめた。
その瞳は、二年前の夜の庭園での出来事を思い出させる。
当時、アクファリ王国のマグノアリ王太子の身勝手な求婚と、自分の将来に悩んでいた時、陛下は自身の過去を話してくださった。僕の祖母にあたるクリスティアナ王妃の愛を、生涯得ることができなかったということを。
そして僕の叔父にあたるオリヴェル王太子は、カエターンに恋心を持ってしまったため命を失った。
「では……お祖父さまの、父上やお祖父さまも?」
「さよう。その前の代、更に前の代の国王も皆、伴侶の愛を得られず生涯を終えた。スラヴェナの想いを知りながら己の欲を貫き、精霊たちの警告を無視した、その報いである」
精霊は基本的に、こちらから働きかけない限りかかわりを持ってこない。
あえて言葉をかけてくる時は多くの生き物たちの命にかかわることや、未来を大きく変えてしまうような出来事がある時。
ツィリルが行った出来事は、正に国の行く末を変えるものだったのだから。
息を継ぎ、陛下はふと微笑みを浮かべる。
「だからこそサシャ、そなたがアランと結ばれること……余は喜びをもって見ているのだ」
国王としての瞳ではなく、祖父としての眼差しで、オレクサンドル陛下がいう。
そしてアランに顔を向け今一度確認するかのように問う。
「嘘偽りなく、魂にかけて、サシャを愛し慈しむと誓えるかね?」
「誓います」
アランが静かな声で即答する。
その言葉に、僕の体は小さく震えた。
アランと再会して、本心を語り合ったあの夜から何度となく言われていたけれど、それでもこうして改めて言葉にされるたびに僕の魂が喜びに震える。
アランが手を伸ばし、僕の手を握った。
僕も頷いて握り返す。
六年前に離した手を、もう離したりしないというように。
陛下は頷いて答えた。
「ツィリルの罪はそなたらが結ばれることで赦され、呪いも消えた。今後、何があろうと、バラーシュ王国から呪いが消えるに勝るものではない。心を喪った王が正しく国を保つなどできぬのだから。……余は真にそなたらの幸を願う。たとえ子が生まれようと、生まれなかろうと」
「陛下……」
「王は血筋に寄らずとも、民の安寧を守る者であればよい、と余は思っておる。もっともサシャの子を願う者は多い。励めよ、としか言えぬの」
声を上げて笑う陛下に、僕の顔は赤くなった。
エルフとしての奇跡があれば可能とは言われているけれど、まだ具体的に何をどうすればいいのかわかっていない。これから婚礼までの間にちゃんと調べて、準備をしなければいけないんだろうな……とは思っていても、いろんなことがいっぺんに起こりすぎて、頭が付いて行っていないのもある。
王となる僕がこんなことではいけないのに。
情けない顔でアランを見ると、口の端を上げて笑う顔が返ってきた。
「その点は抜かりなく、対処していく考えです」
「うむ、任せたぞ」
言うと、陛下が軽く手を挙げた。
同時に部屋を覆っていた魔法が解ける。内緒話はこれで終わりということだ。ドアを軽くノックする音がして、一礼をした従者が入室してきた。
「サシャ、最後に言っておくことがあった」
「はい」
「以前、夜の庭園で話したことがあったな。我が娘にしてそなたの母、オティーリエが様々な理由から王城の暮らしを捨て、エルフの青年の元に嫁いだこと。余はそれを許したが、夫となる者の愛を得られるかは別の話であった」
ツィリルの呪いが及ぶのなら、母さまは父さまを愛しても愛されない可能性があった。けれど……。
「母さまと父さまはとても仲が良くて、いつも笑っていました。最期の最期まで、父さまは母さまを守ろうと腕の中に抱いていました」
あの夜の言葉をもう一度伝える。
「生き延びて、そして心から愛する人を見つけるのだと言い残すほどに」
僕は二人の子として生まれたことを誇りに思う。
「母さまはとても幸せでした」
陛下が――お祖父さまが微笑む。
「うむ、その言葉を聞いて、もう思い残すことはない」
呟く言葉に、アランが答えた。
「まだ、陛下にはお勤めが残っておいでです」
「はて?」
「その御手に、ひ孫を抱くという勤めが」
にっこり笑うアランに、陛下はもう一度声を上げて笑った。
陛下の部屋を出ると、扉の外にはアーシュとロビンが待っていた。
「長い話でお疲れでしょう。庭園の四阿にお茶とお菓子をご用意しております。ラダナ殿との会食までの間、お二人でお休みください」
「アーシュ」
「今は、二人で話したいこともあるでしょう」
ちらり、とアーシュがアランに視線を送る。
頭を軽くかきながら「そうだな」と答える言葉に、アーシュは頷いた。やっぱり陛下が僕らに何を伝えようとしていたのか、アーシュは知っていたんだ。
「会食では、おそらく二国の在り方や今後のアラン殿の……モルナール国王となるべく話題や婚姻について、様々に触れるでしょう。ラダナ殿は気の短い方のようですから、ゆっくり食事を楽しむということにはならないかと……」
「めんどくせぇなぁ」
「ふふっ……」
ぼやくアランに僕は笑う。
「でも、ここで主導権を取っておいて有利に話をもっていった方が、後々楽だよね」
「サシャ殿下のおっしゃる通りで」
アーシュも頷く。
そのための休息、もしくは僕とアランとの作戦会議ということかな。今更話し合うことは多くないと思うけど。
「会食の準備が整いましたら、またお迎えに参ります」
そう言ってお茶の準備を終えたロビンやメイドたちと共に、アーシュは四阿を離れていった。
夏の、まだ日はあるとはいえ夕暮れ時の風が、二人きり庭園に流れる。
鳥たちの声が聞こえ、金色の日に染まった夏の花が揺れる。
前にここでアランと二人きりで会ったのは、たしか真夜中のことだった。
「ここでサシャと堂々と会える日が、こんなに早く来るとはな」
ベンチに座ったアランを見下ろすと、見つめ返す熱い瞳に僕の胸が鳴った。
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