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最終章 精霊の愛し子

279 引き裂かれた二人

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「奪った……」

 思わず呟いて僕は口に手を当てた。
 アーシュの兄、カエターンに捕らえられ幽閉された塔を思い出す。

「まさか……王城の北の塔に……」

 塔は、五大英霊が英雄として生きていた時代からあったものだと言われている。
 頑強な石造りの塔で、ぐるりと周囲を巡るように階段が続く。その最上段に一部屋だけ、檻で隔てた半円の部屋。高い天井から吊り下げられた鎖につながれると、鉄格子はもちろん壁にも届かない。罪人を入れる牢というより、仕置き部屋といった不思議な造りの牢だ。

 あそこは確か、精霊の力が及ばないような魔法も施されていた。
 古い建物のため、その威力は失われていたが、塔ができたばかりの頃なら中の人がどんな状態になっても、精霊たちは力を貸すことができなかっただろう。
 なぜそのような場所が城内にあるのか不思議に思ったこともあったけれど、誰もその理由を話してはくれなかったつた。

 アランが膝の上で拳を握りながら王に問う。

「このことを知っているのは、他に誰が?」
「王家の血筋の者に口伝として伝えられている。今は亡きオリヴェルとオティーリエも」
「母さまも……?」
「そして余の弟、ヤクプも知っておる。おそらく、カエターンやザハリアーシュも知っておろう」
「アーシュも……」

 そういえば、カエターンと繋がりのあったズビシェクが邪竜に変化する時、そのようなことを言っていた。『スラヴェナとツィリルを祖とする、バラーシュ王家。その血脈を、獣人の手で断ち切ってやれると思ったのに――』と。
 同時に僕は混乱する。

「待ってください。僕が聞いていた話と少し違います」

 民衆の間ではスラヴェナは姫とされ、王となった騎士ツィリルと恋に落ち、妃として王家の祖となったと伝えられている。
 性別が変えられて伝わっているのは、ツィリルやスラヴェナの神聖化とエルフ族の奇跡を隠すためだろう。
 それは早いうちから神殿の書物で知っていた。けれど……。

「確かに、ツィリルとベルナルトの間で争いがあったとは聞いています。二人はスラヴェナに恋をした。魔王との戦いを終え、二人はスラヴェナに告白したという。けれどスラヴェナが選んだのはツィリルで、恋に破れたベルナルトは故郷に帰ったのだと……」

 ところどころ詳細な記述は失われているとはいえ、ニュアンスが大きく違う。
 書物ではツィリルとスラヴェナは結ばれていた。
 二人が夜を共にしている場にベルナルトが居合わせたことで、戦士は想いをあきらめ去ったのだと。

「すでにスラヴェナはベルナルトを選んでいたというのに、ツィリルが奪ったのですか?」
「さよう」

 王が答える。
 罪を告白するように続ける。

「あらゆる策略と魔法を使い、騙し、幽閉して正気を失わせ、力で奪ったのだ。スラヴェナとの間に子が生み出されるまで、それは続いたのだという」

 二人は愛し合うことで王子を授かったのではない。
 魔法と凌辱によって後戻りできないところまで行きつき、王家に縛り付けたということだ。



 ギシ、とアランが膝の上で拳を握りしめた。
 息を殺している。
 怒りを抑えているのだろう。

 一度、番とした者を獣人は決して手放さない。何があろうと守り通す。
 だというのに……奪われてしまった。
 愛しい者を奪われた怒りは国一つ滅ぼすほどだといわれるのに。

「ベルナルトは、スラヴェナを取り返せなかったのですか?」

 王は頷く。

「結論からいうならば適わなかった。詳細な記録は失われているが、おそらく、モルナール王家には伝えられているであろう」

 だからか。
 ラダナ殿があれほど敵意を露わにして、何があろうとアランを取り返そうとしていたのは。
 バラーシュ王家は英雄たちの時代に、彼らを裏切っていたんだ。

「ベルナルトは愛しい番を取り返せず、奪った相手を殺すこともできなかった。相手は共に魔王を倒した仲間であったから。もし報復として命を奪ったなら、民は王を失うこととなる。民の苦しみを知っていたがために、ベルナルトは何もせず、故郷へと去ったのだと伝えられている」

 民はやっと、魔王による苦しみから解放されたばかりなのだから。

「スラヴェナもいつ、どのようなかたちで正気を取り戻したのかはわからぬ。だが彼もまた、弟と思っていた者にここまでの行いをさせてしまったことを、悔いた聞いておる」

 伴侶とは思えなくても兄弟として愛しく思う、その気持ちは僕も痛いほどわかる。
 もしアーシュが――彼は決してそのようなことはしないとわかっていても、もし彼が同じようなことをしたなら、僕も心からアーシュを恨むことができないように思う。

 不幸は、ただ、スラヴェナとベルナルトが出会い惹かれあってしまった、それだけだ。



 陛下が息をつく。
 僕らに伝えたかったことは、これがすべてではないはずだ。
 その予感の通り重い口を開いた。

「――これらの罪により、バラーシュ王家は呪いを受けることとなった」
「呪い?」
「さよう、バラーシュの王となるものは、決して伴侶の愛を得られぬという呪いだ」
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