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最終章 精霊の愛し子
278 英雄たちの真実
しおりを挟む数百年前――この大陸に災厄と呼ぶべき魔王が生まれた。
年代があいまいなのは、その後の記録が抜け落ちていたり、今ではあり得ないと思うような記述が多いためだ。
今は伝説や昔物語として語られる魔王は、あらゆる禁呪に手を出し魔物を操り、その身を巨大化させて人々を恐怖におとしいれた。
その魔王に立ち向かうべき現れたのが五人の英雄。
あらゆる武具の取り扱いに精通し作り上げることができた、ドワーフ族の老戦士、ダリボル。
鋼の肉体を持ち、強靭さでは右に出るものは居なかった龍族の重戦士、アーモス。
計略に富んだ人間族の策士であり騎士であった、ツィリル。
俊敏さと鋭敏な嗅覚、そして決してあきらめない鋼の精神の持ち主、獣人族のベルナルト。
そして、大いなる魔法の使い手にして数多の精霊たちに愛されたエルフ族の姫、スラヴェナ。
スラヴェナが実は姫ではなく青年だったという話は、一部の貴族や神官のみに伝えられている話だ。なぜ姫として伝えられているのかは、おそらく長い伝承の間、彼の神聖さゆえに置き換えられたのだろうといわれている。
お祖父様――オレクサンドル国王陛下は先王から伝えられた言葉を、まるで自分が見てきたかのように語り始めた。
「今は王都となるバランから東一帯はかつて広大な森であり、多くの精霊とエルフ族の住まう世界だった。その森の片隅に生まれたのが、のちに騎士となりバラーシュ王国初代国王となるツィリルである。森に住まうエルフの青年スラヴェナは幼いツィリルと出会い、仲の良い兄弟のように育っていったという」
本来、人間族とエルフ族は交わることなく暮らしている。
だが二人は出会い、本当に兄弟のように長い時を過ごした。その中で、世界は魔王の影に苦しめられ、龍族やドワーフ族からも魔王討伐の声が上がっていった。
「この一帯はいくつもの小国が小競り合い、長く戦を繰り返していたが、ツィリルはそれらをまとめる王としての才覚を現し始めていた。やがて、種族を越え魔王討伐に集ったダリボルやアーモスらと旅立った時、ツィリルは二十歳をこえた青年となっていたという」
「その旅は、スラヴェナも一緒だったのでしょう?」
僕の声にお祖父さまは頷く。
「旅はあまりにも危険なため、ツィリルは最初スラヴェナの同行を拒んだのだと、記録にはある。死地に向かうようなものであったからな。……だが、魔王を倒すためには精霊たちの力も必要であった。スラヴェナにとっても実弟と思う者を、ただ故郷の森で待っているなど、できなかったのであろう」
「ツィリルが同行を拒んだ理由はそれだけか?」
アランが静かな声で尋ねた。
魔法の使い手と名高いエルフ族にして兄のように育った人ならば、ぜひ同行してほしいと願うものだろう。それなのに……。
お祖父さまはアランに視線を向け、心の内を読むようにゆっくりと頷いた。
「ツィリルは、スラヴェナを愛していたのだよ。兄ではなく、恋人として……」
答え、ゆっくり息を吐く。
そして瞼を閉じた。
「その旅先で、スラヴェナは獣人の戦士、ベルナルトと出会い……恋に落ちた」
息を止めた。
僕にはわかる。
自然と共に生き、誠実で、命ある限りあらゆるものたちを慈しむ。
獣人は人の姿をしてはいるけれど、その魂は限りなく精霊に近しい性質を持っている。
精霊と共に生き、命の源のようにも思うエルフ族が惹かれないはずがない。まして魔王討伐という、志を同じくする者ならば……。
同時に僕は気づいてしまった。
お祖父さまの話は続く。
「かくして、一行はベルナルトを含めた五人で魔王に挑み、長く苦しい戦いを経て大成となった。大陸に平和がもたらされたのである」
五大英雄として、彼らの偉業は今も伝えられている。
さらには英霊として祀り、信仰にもなっている。数百年経った今でも、英雄たちの存在は人々の心のよりどころとなっているんだ。
だからこそ……僕は、次の言葉を聞くのが悲しかった。
「人々に平和は戻ったが、スラヴェナとベルナルトが結ばれることはなかった。戦いを終えて後、二人は番となる約束をしていたにもかかわらず」
「それは……」
アランが声を漏らす。
お祖父さまは額に苦悩のしわを刻んだ。
「ツィリルが奪ったのだよ。スラヴェナを……」
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