冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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最終章 精霊の愛し子

277 王の部屋

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 窓から、まぶしい日差しが降り注いでいる。
 国王陛下の私室に向かう廊下。
 六年前もこの廊下をアランと並んで歩いた。あの時僕は、これから自分に訪れる運命を知らず、アランは……自分の身分を思い、僕と永遠に別れる覚悟をしていた。

 繋いだ、アランの手の冷たさを今でも覚えている。
 きっと緊張していただけじゃない。
 心の奥底では番と思っていた相手を、自分から手放す。
 それが獣人という種族にとって、どんなに辛いことなのか僕には想像できない。ただ彼が六年という年月をかけてでもアーモスというランクを手に入れ、王となることすら受け入れてしまえるほどのものだったのだろうと……。

 そっと手を伸ばし、横に並んで歩くアランの手を握る。
 ちらりと僕を見下ろすと口元に微笑みを浮かべて、同じ強さで僕を手を握り返してきた。その指先は暖かい。

 僕はもうこれから、どちらかの命が果てるまでこの手を失うことなんかないんだ。




 先頭に立って歩く国王の到着に、私室の前を警護していた衛兵が敬礼し、扉を開ける。
 ここから先は国王の親族と側近の貴族、許された従者しか入室は許されていない。その扉の向こうにアランと共に足を踏み入れて、僕は思わずほっと息を吐いていた。

 今はだれもが僕の伴侶と認めてくれている。
 けれど、心の奥底ではまだ信じられない気持ちが残っていたみたいだ。

 従者や使用人たちが頭を下げて、窓辺のテーブルへと僕らを案内する。
 私室で陛下のお話があることが伝えられていたのだろう。テーブルにはいい香りのするお茶と、いくつかのお菓子が置かれていた。
 陛下はテーブル横に置かれた大きなイスに腰を下ろし、手にしていた杖を従者に渡した。
 僕らは陛下と向かい合うように置かれたイスにそれぞれ座る。
 イスはとても座り心地のいいものだったけれど、わずかな緊張に僕の背筋は伸びた。

 従者たちが会釈をして部屋を出ていく。
 通常、私室での謁見でも従者は陛下のそばを離れない。それが僕ら三人を残して皆が出て行き、扉が閉まると部屋に魔法がかけられた気配がした。この室内で話した言葉が、外に漏れないようにするものだ。
 今から話すことは、僕とアラン以外知られてはならないこと……ということ。
 アランも気が付いたのか軽く顔を上げて僕を見て、それから陛下へと居住まいを正した。

 一つ息を吐いて、陛下はアランを見つめ返す。
 その口元は微笑みが浮かんでいた。

「そなたがこの部屋に入るのは、初めてであったな」
「はい」

 アランが静かに答える。
 陛下はゆっくりと頷いた。

「サシャが王位を継ぎ、婚礼の後、ここはそなたら二人の部屋となる。守りは堅いが、それほどたいそうな部屋ではない」

 緊張する僕らを和ませようとしてくれている。
 その心遣いに僕は聞き返した。

「陛下は……お祖父じいさまはどちらに移られるのですか?」
「ふむ」

 あまり考えていなかったったとでも言うように呟く。

「城内のどこか、皆がここと思うところであろう。年が明け、来春には東の城にでも移るかも知れん。迷宮探索もしたく思うが、この足では難しかろうに……」
「お供いたします。サシャと共に」

 アランが答えた。
 その真摯しんしな様子に頷いて、お祖父じいさまは従者が淹れていったお茶を一口含んだ。

「さて……何から話そうものか」

 独り言のように呟いてから、視線を遠くに向け、そして意を決したかのように僕とアランに戻す。
 精霊たちが声をひそめる気配がある。
 お祖父さまは、ゆっくりと、それでもはっきりとした言葉で告げた。



「サシャは、そなたの呪いを解くために生まれた。これは、比喩ひゆではない」



 一瞬、言葉の意味を理解しかねて僕は首を傾げた。

 アランは奴隷商ズビシェクに捕らえられ、王を殺す呪いをかけられていた。それを長年、僕が身に着けていた魔石と精霊の力で解いたのは、つい先日のことだ。
 アランの師匠、ルボルお爺さんは早くからそのことに気づいていたけれど、僕らが知ったのは先月、アランと陛下が初めて直接顔を合わせた時だ。それまでアラン自身も記憶を封じられて、気づいていなかったというのに。

 アランが落ち着いた声で聴き返した。

「解くために生まれた、ということは……偶然、俺とサシャが出会い解呪に至った、というのではなく、俺を解呪するためにサシャは生まれてきたということか?」
「そうだ」

 ゆっくりと頷き答える。

 僕は、アランの呪いを解くために生まれた。
 生まれた時からこの道筋は決まっていたというのか。

 僕らの驚きは予想していたというようにお祖父は頷き、言葉を続けた。

「やはりこれは、すべての始まり。我らの始祖にして大陸の五大英雄、スラヴェナたちの話から語ろう……」
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