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最終章 精霊の愛し子

276 提案

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 僕の声は玉座の間に響き渡り、ざわつき始めていた場が静まり返った。

「どうか、決断を急がないでください」
「急ぐなと? この瞬間にも我が国の民は絶望の中で命を失い続けている。帰らぬ王子を待ちながら。我らはもう、一日たりとも待てぬ」
「アランは今、初めて自分の出生を知ったのです」

 アランは元々、決断の早い人だ。
 だとしても、一国を左右する言葉をこの場で即答できるわけがない。何より……。

「王にと望む者の意見も聞かず、説得しようともせず、話を進めるようなことは待ってください」
「我らが聞きたい答えは、帰るか帰らぬか、その二つに一つだけだ。それ以外の答えを望むなら、一考に値するだけの提案がなければならぬ」
「提案ならあります」

 言って僕は、玉座の国王を見上げた。



「バラーシュ王国とモルナール王国、二国を連合国として、共に助け合うことはできないでしょうか」



 陛下の瞳が細まる。
 心が動いたという意味だ。

「アランがモルナールの王となるのをよしとしてくれるのなら、僕らは共に手を取り助け合い、二国を発展させることができると思うのです」
「連合国……」

 ラダナ殿が訝しむような声で呟く。

「それはそなたが、モルナールでも主権を取り王となって治める、というのか?」
「バラーシュ領ではバラーシュ王家の者が、モルナールではアランが……というのは?」

 アランを見上げると、じっと僕の言葉を聞いていた瞳が驚きに瞬いている。
 彼は僕の伴侶で、今宣言した通りの冒険者で勇者で、それでありながらモルナールでは獣人たちの王として心のよりどころになることはできるはずだ。

「王としてどう振舞っていけばいいのか、それを学ぶのはこれからだとしても……教えてくれる人たちはたくさんいます。精霊たちも……力を貸してくれる」

 見上げれば、風や光の精霊たちがうなずいている。
 僕はアランの手を取り、尋ねる。

「今すぐ決断できないかもしれない。けれど、僕のこの提案を考えてほしい。僕はアランと別れる気持ちはない。同時にバラーシュとモルナールが争うことなく、両国に暮らす人たちも幸せにしたい。国王陛下と精霊たちの望みも聞き入れたい。わがまま……だよね?」

 どれも手放すことなんかできない。
 皆が幸せになる道を探したい。
 それがどれほど大変でも、僕は、この目の前の人となら乗り越えていけると思うから。

 アランが、ふ……と息を吐いて微笑んだ。

「俺が番の望みを拒否できるわけがないだろう」
「アラン……」
「だが、いいのか? 王になる動機が伴侶の願いってやつで」

 冷ややかな笑いでラナダ殿に問う。
 彼女とは、母親の祖を同じとする従弟いとこ同士。僕とアーシュのような関係だ。できることなら争い合うような間柄になってもらいたくない。

 ラナダ殿は苦笑を浮かべながらも、否定することなく返した。

「我らが聞きたい答えは、帰るか帰らぬか。ラディム殿下が王太子として戻り王となり、モルナールの祖、ベルナルト国王の血を未来に繋げるのならば、動機は問わぬ。であろう? バラーシュ国王よ」

 オレクサンドル国王に問いかける。
 陛下は長く沈黙を保ちこの場を見守っていたが、ゆっくりと頷き答えた。

「ベルナルト王の血が続くことは、英霊にしてバラーシュ王国の祖、ツィリル初代国王も望むところである」

 その一言で、この場の緊張がほどけた。
 僕も、ほっと息をつく。
 一時は本当にモルナールと戦争になりかねない空気だったというのに、最悪の事態は免れたと思っていいのだろう。そんな僕に、アランが腕を組んでラナダ殿を見下ろした。

「一つ、条件がある」
「なんだ?」
「俺の名は〝アラン〟だ。今はもう、ラディムの名を持つ王子ではない。その名で呼ばれるようなら、モルナールに戻るという話も無しだ」

 僕がサムエルの名を捨て新しく生きてきたように、彼も奴隷商の元から逃げ出し、必死で生き延びた先で手にしたのが「アラン」の名と冒険者という力だ。これだけは彼の譲れないものなのだろう。
 ラナダ殿が一瞬難しい顔をしたが、そばに控える騎士に囁かれ頷いた。

「その申し出、受け入れるよう祖国の長老たちに伝えよう」

 モルナールとしてもこれ以上の意地の張り合いはできないと思ったのか、あっさりとアランの言葉を受け入れた。その様子を見て、クサヴェル宰相やホレス宮中伯がこの場を収めに、周囲を促す。

「まずは長旅でお疲れでしょう。王城にて歓迎の準備をいたします。ゆっくりご滞在いただき、同時に殿下の戴冠までの間に、二国の在り方を話し合えればと思いますが、いかがでしょう」

 僕の提案を現実のものにするには、いくつもの協定が必要になる。
 互いが本当に意味で対等となれるよう、民が幸せに暮らせるよう、これから話し合わなければならないことが山とあるんだ。
 ラナダ殿は頷き、クサヴェル宰相に導かれてその場を後にした。
 残る陛下が、僕らに声をかける。

「サシャ、アラン、二人に話さねばならぬことがある。王冠を継ぐ者だけに伝えられる、を」

 先日、王都の広場で陛下が言っていた言葉だ。呪縛の反動から回復したのち、伝えると約束していたもの。アーシュらバルツァーレク家断罪の件やズビシェクとのこともあって、今までその機会を逃してた。

「余の私室に来るがよい」

 そう言って立ち上がる国王陛下に、僕らは続いた。
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