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最終章 精霊の愛し子

275 一触即発

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 ――戦争。
 その言葉に緊張が走る。
 ホレス殿が静かな声で言った。

「お言葉ながら、即答は致しかねます」
「ほう、返せぬと?」
「モルナールのお方はまだご存知ではないかもしれませんが、こちらのアラン殿は先日、邪竜を討ち滅ぼしスラヴェナランクとなった勇者であられる。そればかりでなく、およそ一月後には我が国の王子と婚姻を予定しています」
「はっ! 私の耳に間違えがなければ、貴国の王子と婚姻と言ったか?」

 ラダナ殿があざけるように笑い声を上げた。

「殿下を愚弄ぐろうするにもほどがある。男同士では世継ぎを作れぬ。他に正妃をえ、ラディム殿下は男妾扱いか? 獣人の番に対する思いの深さを知らぬとでも?」

 鋭い殺気に、精霊たちにも緊張が走る。
 とっさにアーシュが一歩前に出て答えた。

「いつくか誤解があります。まず、サシャ殿下はエルフ族の血を継いでおられる」

 ラナダ殿が僕の方を見た。
 銀の髪と紫がかった瞳はエルフの血のあかしだという。けれど今の時代、エルフ族は姿を消して、一度も見たことが無いという人がほとんどだ。大抵の人は少し毛色の変わった貴族としか思わない。
 それでもアーシュの言葉に心当たりがあったのか、お付きの騎士がラナダ殿に耳打ちした。
 アーシュが続ける。

「……彼らは種族性別を問わず、命を生み出す力があると伝えられています。その力のせいで、数百年前にはエルフ狩りという惨事が起きました」
「耳にしたことがある、だが事実か?」
「僕は八つの時まで、深い森の奥、精霊たちと共に暮らしていました。父さまはあらゆる精霊魔法に精通していた……」
「サシャ殿下は、精霊と共に数々の奇跡を現してございます」

 僕に続くアーシュの言葉で、居合わせるバラーシュ王国の貴族や騎士たちが頷く。
 アランの呪縛が解けたのは、精霊たちが力を貸してくれたからこそ起きた奇跡だ。

 幼かった僕は、生まれ育った里の皆の凄さを知らずにいた。
 人の街で暮らして、そして王城に来て様々なことを学ぶ中で、精霊たちと言葉を交わせることは決して当たり前では無かったのだと知った。同時に父さまや長老たちは、皆、王都の魔法師に劣らない力を持っていたのだと。
 ……だからこそ結界を壊され、盗賊たちに皆殺しにされたことが信じられなかった。

 ズビシェクは長年の魔石の研究で、エルフたちの奇跡すら狂わせる術を編み出していたということだ。

「にわかには信じられないことかもしれません」

 僕はモルナールの騎士たちに向って言う。

「それでも決して、アランをないがしろにしてこのようなことを言っている訳ではありません。僕のアランを想う気持ちは真実です。彼を生涯の伴侶にと望んでいます」

 ラナダ殿が心の奥底を見透かすような、鋭い眼光で見つめる。
 ただ信じてくれと繰り返しても無駄だろう。
 証しを見せろと。
 そう言うに違いない。

 ラナダ殿がふと、唇の端を上げた。

「殿下のお心、真実だと言うのですね」
「はい」
「ならば、全てを捨てることもできましょう」

 その場に居合わせた人たちの間に緊張が走る。

「王子という地位と王位継承権を捨て、ラディム殿下と共にモルナールに移り住む。そう言うのでしたら信じてもよいかと」
「そのようなこと!」

 とっさにバラーシュ王国の貴族や騎士たちが声を上げた。
 あと一ヶ月も無い先に戴冠式を迎えようという。そんな僕に、王冠を捨てろと言う。思わず息を飲んだ僕の横で、アランの気配が変った。

「おい、いい加減にしろよ」

 低く、押し殺した声は怒りを含んでいる。
 僕は思わずアランを見上げた。

「当の本人を置いて勝手に話を進めるんじゃねぇよ。俺の出生がどうと言われても二十年以上が経っているんだ、今更知るかよ。モルナールの末王子は死んだ。俺は冒険者アランとして生きて来て、これからもそれは変わらない」

 言い切り、僕の腰を抱き寄せる。

「サシャを、俺は番にすると決めた。これはくつがえらない」

 玉座の間がしんとした静けさに包まれる。
 笑みを浮かべるラナダ殿の表情は変わらない。
 それころか、失笑するような声がもれた。

「ラディム殿下に、意見は求めておりません」

 言い切り、僕に視線を向ける。

「伴侶にと思う気持ちが真実なら全てを捨ててモルナールへ。それが出来ぬというのであれば、ラディム殿下をあきらめて頂こう。それもできぬというのであれば、力づくで奪い返します」
「戦争、と?」

 アーシュが問い返した。
 ラナダ殿が頷く。
 落ち着いた声でアーシュは重ねて問いかける。

「獣人が番と認めた相手を無理にでも引きはがせば、国一つが亡ぶと言われます。今度こそモルナールは、滅びの道へ進むことになります」
「殿下を取り返せなければ同じことです」

 何があっても引かないという。
 二十年以上も望みを捨てず、末王子を探し続けて来たんだ。取り戻せないなら、国ごと亡んでもいいという気持ちなのだろう。
 けれど。
 ダメだよ。
 そんなのは、ダメだ。

 精霊たちは沈黙したまま、見守っている。
 そして……オレクサンドル国王陛下も。

 僕は玉座の陛下を見上げ、今にも剣を抜きそうなアランとラナダ殿を見つめ、胸に付けた宝物の魔石を握る。
 戦争なんて絶対にダメだ。
 だったら方法は一つしかない。

「待ってください!」

 僕は声を上げた。
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