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最終章 精霊の愛し子
273 アランの名声
しおりを挟む朝日が窓から差し込んでいる。
ベッドの中で、んんんーっと、伸びをして起き上がろうとする僕の耳元に、甘い声が降って来た。
「おはよう、サシャ」
「アラン……」
背中の方に振り返る。
そんな僕の唇を待ち構えていたのはアランの唇だ。軽く啄ばむようなキス。思わずうっとりと瞼を閉じて、僕は腕を伸ばす。
少しまだ湿った髪、石鹸の匂い。僕が眠っている間に水浴びしたのだろう。
柔らかくて甘いキスは夕べのことを思い出す。
何度も舌を絡め合った。
温かくて、きもちよくて。
何より、心も身体も全てを預けてしまえる安心感の中にあった。そんなふうに、まるで壊れ物でも扱うかのように優しくされて、いつの間にか眠ってしまった。
ゆっくりと瞼を開くと、そこにはしっかりと衣服を着こんで身支度を整え終わったアランがいた。
「また……寝坊した?」
「いや、いつも通りの時間だ」
笑いながら体を起こす。
タイミングを見計らったみたいにドアが開いて、「おはようございます」と挨拶するロビンが、数人の使用人と共に入って来た。窓辺のテーブルに朝ご飯の準備を始める。
僕はまだ寝ぼけた顔で、穏やかな朝の景色を眺めた。
「アランは……いつも、早いね……」
「サシャが起きている時は、できるだけ側にいたいからな。余計な仕事は眠っている間に終わらせちまうに限る」
「余計な、仕事……?」
こてり、と首を傾げると、遅れてアーシュが部屋のドアを開けた。
こちらもいつも通りしっかりと身なりを整えて、爽やかに朝の挨拶をする。
「おはよ、アーシュも早いね」
「ええ、朝イチでアラン殿と手合わせしてまいりました」
「手合わせ?」
もそもそとベッドから起きて、僕も身支度を整える準備をする。
顔を洗い、着替える間を待ってアーシュが答えた。
「サシャの伴侶はアラン殿としても、一番近くでお護りする権利を取り返すのは、いつでもできると思っておりますので」
にっこりと、笑って言う。
アランを見ると渋い顔をしていた。
朝食の準備を整えたロビンが、微笑みながら捕捉するように説明する。
「邪竜を倒し、陛下からSランクを頂いたアラン殿は、騎士団をはじめ今や国中の話題の的ですからね。そのアラン殿に、国内外を問わず手合わせの申し出が後を絶たないのです」
「とはいえ、全員を相手にしていてはいくら時間があっても足りません。私をはじめ、騎士団が申し出を受ける代わりに、先鋭三名がアラン殿と対戦させて頂いているということです。一番近くで未来の王をお守りするのは、やはり一番強い者でなければ」
僕が眠っている間に、そんなことになっていたとは。
「アランは……勝ったの?」
「当たり前だろう。全勝だ。一番を譲る気は無い」
「ですが、少しずつ私にも勝機が見え始めてます。最初の決闘では完敗しましたが、いずれ一勝をもぎ取る日も遠くないかと思っております」
アーシュがにっこり微笑みながら言う。
決闘に負けた時はどうなることかと思ったけれど、思った以上にアーシュは強かだった。けど……そのぐらいの方が僕は嬉しい。
アランも面倒くさそうな顔をしているけれど、本心はちょっと楽しいみたいだ。その証拠にずっと獣人の尻尾が揺れている。
「ふふっ、そうだね。僕を護ってくれる人は強い人がいいな」
「ぐっ……」
途端に二人は顔を真っ赤にして、もっと顔をひきつらせた。
何か、変なことでも言ったかな?
と、その時乱暴に部屋のドアが叩かれた。
何事かと振り向く僕らに、ロビンがドアを開けて対応する。
息を切らせて入室した騎士は、僕とアランやアーシュが揃っているのをみて胸を撫で下ろし、直ぐに表情を引き締めた。
アーシュが声をかける。
「まだ殿下のお食事前です。何事ですか?」
「申し上げます。モルナール王国より使者が参りました!」
「モルナール?」
その場の誰もが顔を見合わせた。
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