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第六章 死を許さない呪い
269 ルボルの報告 前編
しおりを挟むアランの邪竜討伐とSランクの勇者誕生の報せは、その夜のうちに王都を駆け巡った。
王都は……邪竜の手により幾つかの建物を破壊され、多くの負傷者を出していたが、奇跡的に死者は出なかった。直ぐに魔法師や騎士、兵士、そして治癒師らが街の人たちの救護に向かったおかげた。
アランは大怪我こそしていなかったが無傷というわけでもなく、王城に戻って直ぐに手当てをした後、気を失うように眠ってしまった。
ザカリー殿は、「久々に体を動かしたせいじゃろう」と言って僕を安心させた。
その言葉通り呼吸は穏やかで、精霊たちも、明日には元気に目を覚ますよと僕を励ました。
アランの様子を見つつ、陛下と共に街の被害の状況確認や、負傷者の対応の報告を受ける。今の立場は王子だけれど、秋の戴冠式の後には僕がこの国の全ての責任を持つんだ。
どんな災害にも対処できるよう、僕は全ての出来事に全力で取り組んでいた。
その明け方、思いもよらない人が王城に戻った。
町の広場の処刑台で、僕に弓矢を向けたマロシュを追っていたルボルお爺さんとカレルさんが、ついに一連の出来事を終え報告に訪れたんだ。
――時は、数日前に遡る。
◆
あぁ……信じられない。
ボクは路地の影に身を隠しながら、追っ手の気配を探っていた。
罪人として、街の広場の処刑台に上ったサシャを射抜く矢は、間違いなく心臓近くに向かっていた。
鏃には毒が塗ってある。
大型の魔物を昏倒させるほど激しい痛みを与えるもので、仮に狙いを外してかすり傷だったとしても、数日の痛みに悶えた後に死に至る物だ。
その矢がサシャを貫く瞬間、駆けつけたアランが阻止した。
王都から早馬でも丸一日かかる砦に拘束していたはずなのに。
頑強な鉄の拘束具で両手両足を天井や床に繋がれ、無理に外そうとすれば肉をえぐる封じの魔法までかけていたものだ。どれだけ獣人が頑丈で強い精神力を持っていたとしても、外すのは不可能なはずだ。
――それなのに、アランはサシャの危機に駆けつけ、しかも毒の矢を自分で受け止めた。
そんなアランにサシャは精霊の奇跡を見せて、毒矢の傷と、子供の頃から繰り返しかけれていたのだという国王殺しの呪縛まで解いてしまった。
「バケモノじゃないか……」
広場を見下ろす宿の窓辺で呟いた次の瞬間には、異変を察知していた。
誰かが命を狙って近づいている。
獣人としての嗅覚と直感からすぐに逃げ出した。逃げ切れたと思ったが、それは狙った標的は決して逃さない者たちからの、逃走の始まりでしかなかった。
「マロシュ、お前……王太子殿下の命を狙ったんだってな」
街を転々として、やっとかつての冒険者仲間を見つけ保護を願い出たボクに、冷たい言葉が返された。
この男は以前、夜の相手をしてやった奴だ。
こいつの雄を咥えて、何度も気持ちよくさせてやった。ボク夢中だったはずだ。それなのに……。
「俺たちは犯罪者と組む気はねぇ。かくまったりもするかよ」
「その噂は嘘だよ。ボクをハメめようとした奴が嘘の噂を流したんだ」
「へぇ……王家からの正式な依頼だぜ。全国の冒険者ギルトにおふれが出ている。マロシュを探し出し捕らえよとな。しかも生死を問わず、だ」
「言っている意味がわかるか?」
隣に立つ冒険者仲間が薄ら笑いを浮かべる。
「殺してでも捕まえろ、ってことだ」
伸ばしてきた手をかわして、ボクは距離を取った。
魅力で男たちの理性を飛ばそうとするも上手くいかない。
ボクを、守ってくれる者はもう居ない。
「Aの冒険者、ルボルが追っているという情報があるんだけどよ」
ひっ、と思わず声が出てしまった。
ルボル・クベリーク。
以前、カサルの町に居た時同じギルドにいた龍人族の冒険者だ。大昔の戦いで龍人の角を失ってしまったが、その能力はAの中でも随一。しかも……近年はアランの師匠として、各地で活躍を見せていたと聞いている。
一度は追っ手をまいたはずなのに、今も追われている気配がある。
それがルボルだとするのなら……ボクは、絶対に、逃げられない。
「俺たちが捕らえて、突き出してもいいんだぜ……」
男が腕を伸ばしてくる。
「その前に、じっくり楽しませてもらいたいよなぁ」
「壊してもいいってことなんだしよ」
「ゲスが、汚い手で触るな!」
思わず叫び返して、しまったと口を塞ぐ。
それでなくても酷いことをしようとている男たちを、更に怒らせてしまった。ボクは慌ててその場を逃げ出した。
そのまま路地の影に身を隠す。幸い鼻が利くせいで、男たちには僕を見失ったようだ。それでも……。
「マロシュよ……」
上手く逃げたと思ったのに、聞き覚えのある声にボクはまた悲鳴を上げた。
路地の向こう、薄暗い影から出てきたのはAの冒険者ルボルと、弓使いで名を馳せているBのカレル。
どちらも、Dランクのボクからしたから格上だ。
「大人しく縛につけ」
「冗談じゃない!」
叫ぶと同時にカレルの弓矢が飛んでくる。
わずかな差で逃れ、僕はそのまま街を飛び出す。
カレルが本気で狙ったなら絶対に外さないと聞いている。それを逃れたということは、ボクを追い詰めることで、他の仲間の居場所を探ろうとしているのかもしれない。
「その手には乗るか」
砦にいたズビシェクの仲間はボクの趣味じゃなかった。
手を切ろうと思っていたところだし、きっと捕まっている。そんな奴らを助けようなんて、思っちゃいない。
「ここはもう南の国境近くだ」
こうなれば他国に逃れるより他にない。そのまま西に向かい、海を渡った別の大陸まで行ってもいい。
……そうすれば、今のボクを知る者はいない。
夜明け近くの人通りのない街道を一人走り、国境付近の森に向かう。
森を突き抜けた方が近道だ。その入り口近くで、薬草を籠にいれた一人の老婆が声をかけてきた。この近くに住む、貧しい村人だろう。
老婆はボクを見て、手を伸ばした。
「そこの人、この森に入ってはならぬ。呪いの森じゃて……」
「うるせぇ! くそババァ!」
手を振り払い、叫び返してボクは森の中に駆け込んだ。
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