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第六章 死を許さない呪い
268 邪竜の最期
しおりを挟む「風の精霊たち、あの邪竜を王都の外まで!」
僕の声に応えるように、空が唸りを上げ、風が渦巻いた。
街を破壊しようとしていた邪竜は突然の突風にあおられ舞い上がり、その隙を見逃さずアランの剣が邪竜の急所を狙う。
喉元の下、わずかに光る場所がある。だがそこは同時に、邪竜の鋭い爪や牙の届く場所だ。
僕は預かった鞘を握りしめながら、祈り続ける。
邪竜に立ち向かうのはアランばかりじゃない。
飛竜から弓矢を打つ、アーシュやハヴェル殿と騎士団たち。魔法師たちは街の人たちを守りながら、邪竜の動きを邪魔する。
街を破壊しようと暴れる邪竜だが、連携の取れた騎士や魔法師たち、何より激しい攻撃を繰り出していくアランに翻弄され、王都の外に落ちた。
精霊たちが状況を伝えながら合図を送って来る。
ザカリー殿が邪竜の動きを封じる術をかけるという。僕は頷いて、精霊たちに呼びかけた。
「大地の精霊たち。樹々と草花たち。彼の邪竜の動きを絡めとれ!」
精霊たちが僕の呼びかけに応える。
ザカリー殿の術を増幅させるように大地が割れ、邪竜の足を飲み込んだかと思うと、すさまじい勢いで伸びる蔓が絡みついた。
空へ逃れることができなくなった邪竜に、アランは聖剣で肉を削ぎ、アーシュとハヴェル殿は弓矢で目を狙う。
邪竜は視界と足の動きを封じられたが、鋭い爪や牙の威力は衰えない。
その大木もなぎ倒す攻撃を、アランは全てかわしていった。
誰も近づくことのできない邪竜に肉薄できるのは、アランだけだ。
誰にも真似のできない身体能力と、凄まじい精神力。
冷静に、確実に、弱点を狙ってアランは攻撃を続ける。
敵は強大だか、もはや逃れることはできない。
大きくのけ反る邪竜の急所に聖剣を振り下ろしながら、アランは叫んだ。
「滅びろ! ズビシェク!」
邪竜が呪いの声を上げる。
「貴様も……道連れ……だ……」
「させません!」
気配を察したアーシュが懐から魔石を取り出し、呪いを封じる。
その隙を逃さず、アランは邪竜の急所に聖剣を突き刺した。
大地と大気が割れるかと思うほどの叫び声を響き渡る。
アランにかけようとした呪いを封じられ、その反動を受けた邪竜は断末魔を上げた。更に急所を聖剣で貫かれ、生きながら塵となっていく。
「がぁあああ! おのれぇぇぇ!」
最初から勝ち目のない戦いだったんだ。
国を亡ぼすほどの力があっても相手が悪かった。Aの力を持った騎士や魔法師、そして多くの魔物を屠ってきた冒険者を前に、太刀打ちなどできるわけが無い。
何よりこれ以上は、精霊たちが見逃さない。
飛竜に乗ったアーシュや騎士たちが王城に舞い戻り、僕と見守る陛下を迎えに来る。
僕はアーシュと共に飛竜に乗り、アランの元に向かった。
邪竜はもがき苦しみながらぐずぐずと体を崩し、形にならない呪詛と悲鳴を上げていく。
アランは剣を突き刺したまま竜を踏みつけ、冷ややかな視線で見下ろしていた。
「お前……お、まえは……俺、が……。俺のモノ。……俺が王……に……」
足元でもがく成れの果てに、アランが初めて笑った。
「哀れだな、ズビシェク」
「が! あぁぁ……ぁ……あ……たすけ……」
邪竜から醜い人のような姿に戻り、骨と塵になって風に飛ばされていく。やがて断末魔も消え、後には赤黒い魔石が残されていた。
アランが剣を抜き、天を仰いで大きく息を吐く。
そしてゆっくりと僕らの方に振り向いた。
泣きそうな笑顔を向けながら。
「アラン……」
自分の手で、心と記憶を縛っていたもう一つの呪縛を断ち切ったんだ。
「……願いを、果たしたぜ」
「うんっ」
駆け寄り抱きしめる。
僕の背をしっかりと抱き返すアランの腕の強さが何よりも嬉しくて、もう一度ぎゅっと抱きしめてから顔を上げた。そして手にする剣に視線を向ける。
聖剣は欠けも無ければ濁りもなく、輝いている。
邪竜討伐は瞬く間のようで、気が付けば陽は西に傾き茜色になっていた。
「アラン・カサルよ」
騎士と共に飛竜にのり、同じよう討伐の地に下りた国王陛下が呼びかける。
周囲の者たちは皆、片膝を折って取り囲んだ。
アランは僕から受けとった鞘に聖剣を戻し、陛下に差し出しす。
「王命を果たしましてございます」
「見事であった」
そして王は続ける。
「聖剣は、すでにそなたのものである」
「え……?」
アランが驚く顔を向けた。
陛下は微笑みながら返す。
「剣は飾りであってはならぬ。扱えぬ者に手に在らず、相応しき者の手に委ねられる」
陛下は既に戦場で剣を振るえる体ではない。
そして、取り囲む騎士らに顔を向ける。
「異存は無いな」
「はっ」
クレイグ殿を始めとした騎士たちが声を揃えた。
アーシュやハヴェル殿も頷いている。
「アラン・カサルよ。国を亡ぼしかねぬ邪竜を倒し民を守った功績により、そなたをSの勇者と認める」
数百年ぶりの、Sの勇者が誕生した瞬間だった。
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