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第六章 死を許さない呪い

267 王命

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「あはははははは! マジかよ!」

 ズビシェクの笑い声が大広間に響き渡る。
 アランのキツイ一撃で口の中が切れたのだろう。見る間に左頬は紫色になり、唇の端から血が滲み始めていた。それでも狂ったような笑いが止まらないズビシェクは、床の上で体をねじり、ゆっくりと膝立ちに起き上がった。

「九番にかけたじゅは竜王をも下す術だっていうのに、解いちまったのかよ。マジかよ。どれだけの力だ」

 そして僕の方に視線を向けて殺意をみなぎらせる。
 とっさにアランは数歩下がり、僕を背に庇うように腕を伸ばした。

「これだから精霊って奴は厄介なんだ。普段は言う通りにならないって言うのに、気に入った奴には特別な力を与える。不可能を可能にしちまう。あぁ……」

 ゴキ、とズビシェクが肩の関節を鳴らした。
 精霊たちが危険だと、警告を発してくる。言葉は分からなくても不穏な気配を察したアーシュが、剣の柄に手を伸ばした。

「スラヴェナとツィリルを祖とする、バラーシュ王家。その血脈を、獣人の手で断ち切ってやれると思ったのによ。この国を戦乱の渦に落とし……精霊すらも我が物にしてやろうと……」

 ゴキ、ゴキと肩や腕を鳴らしたかと思うと、ガチャリと鉄の手錠が床に落ちた。
 関節を外して戒めを解いたのか。
 それだけじゃない。手錠には簡単に外せないよう魔法もかけられているはずだ。それが機能している様子が無い。

 囲む兵士が剣を抜く。と、同時に見えない力――魔法で兵士たちが吹き飛ばされた。ゆらりとズビシェクは立ち上がりながら、懐から赤黒い魔石を取り出し口に含む。
 凶悪な笑みを浮かべながら呪いを吐く。

「――思いはしたが、もういい……亡ぶがいい。モルナールと同じようにな」

 アーシュとハヴェル殿が剣を抜き挑みかかる。
 だが、ズビシェクは剣をかわし、魔石を飲み込んだ動きがわずかに早かった。

 精霊が警告の声を上げる。
 アランが僕を守るように腕に抱きかかえ、危険を察知したベリンダ殿が強力な風魔法でズビシェクを吹き飛ばした。
 クレイグ殿や騎士たちは、陛下を守るように剣を抜く。

 広間の大窓を突き破り、張り出したテラスまで吹き飛ばされたズビシェクは、それでも笑いを止めずに立ち上がった。

「新たな呪いの始まりだ!」

 ボコボコと体の形が崩れていく。
 まるで街の広場で、カエターンが魔物に変化していった時のように。だが、ズビシェクの変化はそんなカワイイものでは無かった。

「邪竜……モルナール王国を亡ぼした邪竜か!」

 ハヴェル殿が声を上げたと同時に、邪竜に変化したズビシェクが舞い上がる。
 騎士たちと共に、僕やアランとアーシュたちはテラスへと駆けつけた。空飛ぶ邪竜――ズビシェクは王都の上空を旋回し、街を踏みつぶそうとするかのように舞い降りる。それを阻止するため、僕は声を上げた。

「精霊たち!」

 突風が吹き、邪竜の羽ばたきを邪魔する。
 だがそれでも完全に動きを封じるまでにはならない。テラスで状況を見たベリンダ殿が、同じくテラスに出て来た国王陛下に振り向き、声を上げた。

「陛下、私たちは街への被害を食い止めます」
「うむ」
「魔法師と騎士団は続け!」

 即座に動き出す魔法師団と騎士たち。クレイグ殿も飛竜と弓を用意するよう指示を出す。
 息を詰めて、街に攻撃しようとする邪竜を見つめる僕たちに、陛下が声をかけた。

「アラン・カサル」

 呼ばれてアランは即座に振り向き、陛下の前で片膝をついた。

「そなたは多くの魔物をほふりしアーモスの冒険者だ。あれを、倒せるか?」

 真っ直ぐに陛下を見上げながら、アランは答える。

「ご命令とあらば」
「うむ」

 迷いなく即答するアランに、陛下が頷く。
 そして側に控えた宰相に命じた。

「クリステルバを持て」
「陛下!」

 宰相が顔色を変えた。

「聖剣クリステルバは、英霊ツィリルより受け継がれた国の宝。王剣であります!」
「国の大事なる今こそ使わず、なんとする」

 陛下の声に迷いは無い。

く!」

 叱責するような声に、宰相は飛び上がり声を上げながら数人の騎士らと駆けだした。
 その間にも飛竜が用意され、弓兵隊が配置される。騎士や兵士たちの無駄のない動きを前に、聖剣クリステルバを手にした騎士と宰相が駆け戻って来た。
 受け取った陛下は一度視線を落としてから、アランに向けて聖剣を突き出した。

「アラン・カサルに命じる。邪竜を倒し民を救え。クリステルバの厚き加護と共に」
「仰せのままに」

 答えてアランは聖剣を受け取り立ち上がる。
 そして僕の方に顔を向けた。

「サシャ、俺は番の願いならばどんなことでも叶える」
「アラン……」
「お前も俺に命じてくれ。奴を倒せと」

 恐怖が無いはずが無い。
 けれどアランは、僕の願いであればどんな恐怖にも打ち勝てる。
 頷いて、僕はアランを見上げた。

「アラン、邪竜を倒し民を守って。そして……」

 腕を伸ばしてアランの腕を強くつかむ。

「必ず無事に戻ってきて。大怪我も許さないんだから!!」

 僕の強い声にアランは微笑み返す。

「ああ、番の願いだ。必ず叶える」

 指先で僕の顎を持ち唇に軽くキスすると、すらりと剣を抜いた。

 バラーシュ王国の祖となった英雄ツィリルが、凶悪な巨大魔王を倒した時に手にしていた聖剣。数百年の時が経っているというのに、その輝きに曇りは無い。
 アランは聖剣の鞘を僕に向けた。

「持っていてくれ。必ず、剣は鞘に戻す」

 鞘を受け取る。
 と同時にアランは街に舞い降りた邪竜に向って跳躍した。
 獣人の、驚くほどの身体能力を目の当たりにして息を飲む。
 アランが魔物と戦う姿は何度も見て来た。けれど、アーモスになってからの戦いはこれが初めてだ。

 番の為ならば国すらも亡ぼすと恐れられる獣人。
 邪竜は元が人であったとは思えないほど巨大化して、大きな翼と爪と鋭い牙で向かう者を喰い殺そうとする。そんな恐ろしい姿でも、アランは邪竜の急所を狙って立ち向かう。
 目を首を、頑強な鱗の隙間に剣を立てる。

 飛竜の用意ができたアーシュも、弓を手に声をかけてきた。

「私たちも、アラン殿の援護に向います」
「うん、無事に戻って!」
「必ず」

 翼を広げたハヴェル殿に続いて、飛竜に飛び乗ったアーシュも邪竜へと向かう。
 僕は聖剣の鞘を手に、精霊たちに呼びかけた。
 
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