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第六章 死を許さない呪い
264 アラン・眠りにつくまで ※
しおりを挟む番からの可愛いおねだりに腕を伸ばし、覆いかぶさるようにして両脇に手を付いた。
真っすぐに見上げていた水色と紫の、不思議な色合いに輝く瞳が閉じられる。
ぷっくりとした淡い薄桃色の唇。
キスを待ちわびるようにそっと開いて、並んだ白い歯と濡れた舌が覗く。
少し、焦らすような間を置いてから、俺はゆっくりと唇を重ねた。
柔らかい。温かい。わずかに果物の香りが残る舌に、自分の舌を絡ませていく。
ベッドに投げ出されていたサシャの両腕が俺の首や肩に絡まり、抱き寄せる。吐息が鼻から漏れて、甘い声になる。
「ん……」
絡まり合う舌の感触。歯列をなぞり、撫でてさし入れた。
ぴくり、と俺の背中で細い指先が反応する。
爪を立てないようにと我慢しているのだろう。それでも耐えきれず、俺のうなじの方へと滑る指に髪がからまり、たまらずまた背中ににおりていく。
唇から吐息が漏れて、もぞりと足先がシーツを蹴ろうとする。
「んんっ……ん、ぅ……ん……」
今までこんなキスなんかしてこなかったと分かる、拙い舌の動き。
そんなサシャの咥内を、俺は優しく、深く、撫でながら絡ませるを繰り返す。飲み切れない唾液が唇の端を伝って流れ落ちそうになるのを、俺の舌がすくい、また口の中に戻す。
サシャの喘ぎ声が漏れる。
「あふ、……ぁんんっ」
「サシャ……」
徐々に体の芯に熱が溜まる感覚になり、俺の胸の下で同じように汗ばんでいくサシャの体温に嬉しくなっていく。
薄く瞼を開き、嬉しそうに微笑んでまた瞼を閉じる。
俺が目の前にいることを確認して、安心してまた委ねてくる。
「もっ……と……んんっ」
俺のことを好きだと言った。
周囲から何度も、元奴隷と罵られて来た俺を。
出生を気にしない仲間も多く居るが、それでもここまで俺の全てを受け入れてくれる奴なんかいない。自分の全てを、託して許してしまう奴も。
「はぁ……ぁ、んっ、んんっ」
脇から手を抜いて、サシャの頬から耳の辺りを手のひらで包む。
愛しくて。どんな壊れ物よりも大切に。優しく、そっと扱いたい。同時に牙を立てて、ばりばりと喰ってしまいたい衝動にも駆られる。
決してそんなことはしないが。
……しないが、喰ってしまいたいと思うほどに愛しいこの衝動は、生涯消えることは無いような気がする。
これは俺の番だ。
俺だけが、深い所まで触れることを許された。
喜びも何もかも、俺が与えることができる。与えてもらえる。
……俺は、サシャのものだ。
「ふぁ……ん、あ、んんっ、アラン……」
「もっと、か?」
「うん……もっと……」
頬を赤くしながら、甘えた声でねだる。
俺は片手をするりと下肢の方へと滑らせた。
「ひぁ!」
「ここが、ガチガチになってきている……」
「……う……だっ、て……きもちいい……」
「俺もだ……」
バスローブのままだったサシャの前をゆっくりと開く。
ふるりと、軽く立ち上がった雄に手を添えながら、サシャの全身を眺める。
痩せているわけではないが無駄な肉は全くない。なめらかで白い肌の胸に並ぶ二つの蕾と、左肩から右わき腹近くまで伸びた傷痕。既に薄く微かに色づく程度だが、俺が確かにサシャを傷つけた証拠だ。
その傷痕を目にして俺は瞳を細める。
痛みは無いだろう。
傷痕も、まもなく完全に消えてしまうだろう。
それでも……。
「アラン……キス、して……」
視線を胸の傷痕から、自分の口元に戻そうとする。
「アランのキス、気持ちいい」
「サシャ」
「……嬉しいんだ。こうして、アランに触ってもらえるの」
唇を合わせ、絡ませ離して、また見つめ合う。
「たくさん触って……僕も、アランを……抱きしめたい……」
俺の髪に指を絡ませながらサシャが微笑む。
同じように俺も微笑返し、耳元から首筋に口づけしてぬるりと舌を這わせる。サシャは細い首を反らせて、声を漏らす。
「ぁあ……っ、あ」
感じているのだろう。小刻みに体が震えていく。
手のひらでサシャの胸から腰、太ももまでの肌触りを堪能しながら、喉元から胸へと舌を移す。薄くなった傷痕を、何度も舐めていく。
心のどこかで、前にもこんなことをしたような記憶がある、と感じながら……。
あれは夢の中のこと……だった、だろうか。
「ア、ラン……」
囁かれ俺は胸に口づけながら、視線を上げた。
心地よさからか涙をにじませながらサシャが囁く。
「たくさん……舐めてくれたから、治ったよ……」
「ああ……」
答えて俺はキスを繰り返し、優しく肌を撫でていく。
吐息が漏れる。
「ん、はふっ……」
長旅で疲れた体を労るように。
胸から腰、そして背中や太ももを優しく撫でながらキスをしていると、不意に俺の背に回していたサシャの手がパタリと落ちた。
頭を起こして横たわるサシャを見下ろす。
微笑むような口元のまま、愛しい番は穏やかな寝息をたてていた。
予想通り。いやむしろ、ずいぶん頑張って起きていた方だ。
屈強な冒険者ですら、丸一日馬に揺られれば疲れてしまう。まして隣国からの長い距離を、飛竜にしがみついて帰ってきたんだ。
「おやすみ、サシャ」
額にもう一度キスをして、柔らかな毛布をかけてやる。
これからはこんな日々が続くのかと思うと、まだ信じられない思いがする。けれどやっと、俺達が手に入れた幸せなんだ。
石鹸の匂いのする肌や髪に鼻を寄せながら、穏やかな夜に身を任せ、眠りにつくまで抱きしめていた。
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