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第六章 死を許さない呪い

261 恩返し

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 一礼をして、陛下の着席に合わせて皆も席に着く。
 テーブルの上の書簡の山は、反対側の席の人の姿が見えにくくなるほどの量だ。これは僕が、諸国の王たちに会いに行っている間に集まった物なのだろう。
 この場を取り仕切るように、宮中伯のホレス殿が言った。

「既にご説明の必要もないでしょう。目の前にある書簡、嘆願書は全て、王都近隣の貴族や領主、商人、果ては町民や村人たちから寄せられた物です。更に、サシャ王太子殿下が隣国の諸王より預かってまいりました書簡がここに」

 言いながら、ホレス殿は国王陛下に書簡を渡す。
 陛下は無言で受け取り、王たちの手紙を開いて目を通した。

 お祖父じいさまはこれらを見て何とお答えになるのか。
 決して悪いようなことは言わないと信じていても、緊張に喉が渇いてくる。

 目を通した陛下はテーブルに書簡を置いて、部屋に集まった人たちを見渡した。

「言うべきことがあるのならば、今、話すがよい」

 部屋に響いた陛下の声に、貴族たちは互いに顔を見合わせる。
 即刻処刑と口にしていた者たちは、額に汗を流しながら立ち上がった。

「王家を狙い、オリヴェル王子とオティーリエ王女に対してはそのお命まで奪ったのです。無罪とすることは出来ません」
「その当人は王都の広場で魔物化し、その場で打ち倒されたではないか!」
「今、我らが問うているのはその一族の話です!」

 ここに来ても同じ言葉を繰り返そうとする。
 その姿に僕は椅子から立ちあがった。皆が僕の方を向く。

「……王家に限らず人の命を奪うことは重いことです。王家の威厳と秩序を保ち、尊ぶ気持ちもよくわかります。王家はあなた方のような、忠誠心のある人たちに支えられている」

 処刑を推し進めようとする者たちに、僕は言う。

「ですがヤクプ殿とザハリアーシュの放免を願う者が、これだけ居るのです。更に姉君たちを迎え入れた諸王も、罪を問わないとしている。今ここで処刑を強行したならば、民や諸王にどのような説明をなさるのですか? まずはこの僕を納得させてください」

 民に対しては権威で言うことを聞かせたとしても、諸王に対してはそうはいかない。
 強硬派の貴族は押し黙って腰を下ろした。その中には宰相の姿もある。
 誰よりも伝統を守ろうとするためいつも僕にいい顔をしなかった人だが、今は毒気が抜けたようあきらめの表情をしていた。
 顔を上げた僕の視線に、ホレス殿は頷いて声を上げる。

「それでは具体的な妥協案を話しましょう。陛下、よろしいでしょうか?」
「すすめよ」

 微笑む陛下の言葉で、一族皆処刑は破棄となった。




 暗く湿った地下牢に、僕は早足で向かう。
 続く者は宰相を始めとした数人の貴族らと騎士たち、そしてハヴェル殿だ。宰相の手には、国王陛下のサインが入った書状が握られていた。

「アーシュ!」

 アーシュとヤクプ殿が囚われている牢へと駆け寄る。
 乏しい松明たいまつの明かりの下でもアーシュは僕の声と足音を聞きつけ、直ぐに鉄格子の前に駆け寄った。

「殿下……」
「放免になったよ!」

 僕も鉄格子を掴み声を上げる。鍵を持った騎士が直ぐに鍵を開け、アーシュとヤクプ殿は牢から出された。
 顔を見合わせて、戸惑いながら牢から出たアーシュに、僕は思わず抱きついた。
 アーシュは驚いた顔のまま僕の肩に手を置いて、説明を求めるように宰相たちに顔を向ける。宰相が手にした書状を開き読み上げた。

「オレクサンドル国王陛下より、カエターン・バルツァーレクが犯した重罪により一族死罪とするところを、減刑として、以下に留めるものとする。一つ、爵位降格として伯爵位とする。一つ、当面の国外渡航を禁止する行動の制限。一つ、以下の領地を没収とする――」

 無罪放免とはならなかったが、元々の罪に比べてとても軽いものだ。
 ヤクプ殿も驚きを隠せない顔で訪れた人たちを見渡した。宰相が没収の領地を読み上げた後に続ける。

「反論は受け付けないものとするが、言いたいことがあるのならば言うがよい」
「反論など……」

 ありませんと続く言葉がかすれていく。
 涙を堪えているんだ。

「カエターンが犯した罪を思えば、これほど寛大なお言葉、身に余る思いです。殿下が……皆を説得して下さったのですか?」
「違います。ヤクプ殿とアーシュが助けて来た、多くの人たちの願いです」
「議会のテーブルの上に山となるほどの書状が届いたのだ。それらの言葉を無視したならば暴動が起こりかねん。今後も、国の為に尽くしてもらおう」

 僕に続いて宰相は言い、ふん、と鼻を鳴らした。
 どうしてこの人は無駄に偉そうなのだろう。そう思いながら僕は苦笑いする。
 ヤクプ殿とアーシュは僕から一歩離れ、その場で片膝を床に着け頭を下げた。

「我ら、バルツァーレク家はこたびの恩を生涯忘れず、一族末裔に至るまで、王家に忠誠を尽くします」

 告げる言葉に僕は軽く首を横に振って、二人に立つように促した。

「恩があるのは僕の方だよ」

 ヤクプ殿に、そして何よりアーシュに向って僕は言う。

「六年前、何も知らずに王城に来てからずっと、アーシュは僕を守ってくれた。王族としての暮らし方から、王となる心得まで全てを教えてくれた。その恩を、僕はずっと返したいと思っていたんだ」

 一番はアーシュの伴侶となることだろう。
 けれど僕が選んだのはアランだった。
 この程度のことは恩返しにならないと分かっている。それでも、アーシュのたちの為にできることがあるのなら、どんなことでもしようと思った。
 アランも、それを許してくれたんだ。

「アーシュを兄と思う気持ちは今も変わらない。これからも一緒に、幸せな国を築いていこう。ハヴェル殿も手伝ってくれるよね?」
「もちろんです。殿下」

 答えるハヴェル殿と僕を見て、瞳を潤ませたアーシュが頷く。
 ヤクプ殿も「ありがとうございます」と声を詰まらせて答えた。

「さぁ、お屋敷で母さまと妹君が待っています。きっと心配しているでしょうから、早く顔を見せてあげてください。今夜は、家族でゆっくり過ごして」
「ありがたきお言葉。ご厚意に感謝します。後日、改めてご挨拶に伺います」

 丁寧に答えたヤクプ殿とアーシュは、騎士たちに伴われながら城を後にする。その姿を見送った僕もハヴェル殿を供に、アランの待つ部屋へと向かった。
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