上 下
258 / 281
第六章 死を許さない呪い

258 気が緩む

しおりを挟む
 


 僕の隣でハヴェル殿は頷いて、陛下に答えた。

「サシャ殿下が街の広場に運ばれる少し前、王都に飛来する危険な兆候を感知しました。王国騎士団と共に王都周辺の警護に出た先で、魔に魅入られた者を発見。迎え討つものの逃がしてございます」
「ほう、お前が取り逃がしたと」
「相手は魔石を駆使し、周囲の者を魔物化、もしくは呪縛にて意のままに操る術を得ていました」

 国王が厳しい顔をする。
 何か心当たりがあるのだろう。

「後にそれが、ズビシェクと呼ばれる男だったと判明しました」
「なるほど。してそれは?」
「王都周辺にはおりません。アラン・カサル殿の解呪が成功し、オレクサンドル国王陛下のお赦しが下ったことは、今や多くの民の耳に届いております。おそらく地下迷宮に潜んでいるか他国へ逃亡を図っているものかと」
「追っているのだな?」
「既に国を挙げて行方を捜しています。捕縛されるのも時間の問題かと思われます」

 知らなかった。斬首台の近くにハヴェル殿の姿がなかったのは、そのせいだったのか。
 考え込む僕に向かってハヴェル殿が言う。

「殿下にお伝えしておらず申し訳ございません。アラン殿の体調が戻り、無事、捕縛できたタイミングでご説明申し上げる予定でした」
「ううん、いいんだ。聞かなかった僕が悪い。そこまで気を回すべきだったのに」

 アランをあそこまで苦しめた者なのだから、何よりその行方を聞いて、自分から動くぐらいのことをするべきだった。
 王になると言いながら、自覚が足りなかったと反省する。
 そんな僕に、ハヴェル殿が肩に手を置いて言った。

「この一件は、殿下自身も大変な目に遭ったのです。最愛の人も窮地きゅうちに陥っていた。人は完璧ではありません。こんな時こそ周囲の者を使い、頼ればいいのです」
「ハヴェル殿……」

 僕に語り掛けたハヴェル殿は、国王陛下に向き直る。

「ズビシェクがアークライト方面に逃れたという情報はありませんが、万が一の場合は捕縛にご協力願いたい」
「無論だ。風の精霊たちにも伝えている」
「ありがとうございます」

 頭を下げるハヴェル殿に続いて僕も頭を下げ、陛下の退室を見送った。

 僕はほっと息をつく。
 二人の姉君たちの無事は保証された。これでアーシュやヤクプ殿を、即刻処刑しようという者たちを止めることができる。そう思うと全身から力が抜けていくようにも感じた。
 ハヴェル殿が僕の背を押し、促す。

「ひどくお疲れのようです、しばしお休みください」
「はい……ですが、陛下の書簡を受け取ったなら、また直ぐに飛竜で飛びたく思います。少しでも早く、バラーシュ王国に……」
「とはいえ、既に日は落ちています。それに風も強くなってきた。殿下ばかりではなく飛竜も休ませなければ」

 その言葉に僕はハッとする。
 ついつい気が焦ってしまっていた。僕だけでなくハヴェル殿がやお付きの騎士たちも、休みなしにここまで来たんだ。彼らにも休息が必要だ。

「すみません。つい……」
「いいのです。一刻も早くという気持ちもわかります」

 明るい顔で答えるハヴェル殿のを見ると、またひとつ気が緩んだ。
 同時に足元がふらつく。急に眠気がきて、思わず僕はハヴェル殿の腕を掴んだ。

「殿下……?」
「なんだか――」

 最後まで言わないうちに僕の意識は途切れた。


   ◆


 やはり、というべきだろう。
 ずっと張りつめていた気持ちが緩み、ふらりと体を揺らしたかと思うと、サシャ殿下はそのまま意識を失った。
 直ぐにお付きの騎士が駆け寄り、城の従者に伝える。
 こちらの部屋へと案内される方に向い、俺は殿下を横抱きに抱えあげ運んだ。

 気を張ってここまで来ていたが、バラーシュ王国を出る頃から顔色がなかった。遅かれ早かれ、倒れるだろうと思っていた。
 むしろ王の謁見が終わるまで気を保っていられただけ立派といえる。

 案内された部屋には、龍の寝床ともいうべきベッドが用意されていた。
 人間族の国で使われるような高い位置にある物ではなく、床に直接マットレスを置いた造りだ。獣人国の仕様に似ている。
 余り知られていないことだが、龍人も獣人に続いて閨の時は濃厚だ。
 繁殖期には数日に渡って伴侶を抱き続ける。

 殿下をベッドに横たわらせ、上着などを脱がせた後、俺はさて……と息をつく。
 従者や騎士たちは部屋を下がらせた。今、この場にいるのは俺とサシャ殿下の二人きり。何があろうと知る者は、いない。

 彼を意のままにするには、今……この時よりチャンスは他にない、ということだ。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...