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第六章 死を許さない呪い
257 龍人の王
しおりを挟む龍人国の石造りの宮殿は天井が高く、城というより、まるで巨大な洞窟を行くようだ。あちらこちらに明かり取りの天窓があるため、薄暗い感じはない。更に壁が少なく常に風の流れるような構造は、どこか故郷のエルフの里の造りに似ていた。
懐かしい……と思う気持ちに答えるように、風の精霊たちの声が聞こえる。
待っていたよ、と。
心配しなくても、大丈夫だよ……と。
「うん、ありがとう」
思わず声に出してしまい、隣を歩くハヴェル殿が僕に顔を向けて微笑む。
彼もまた、風の精霊の声を聞くことができる方だ。
「どこに居ても、精霊たちは見守って下さっている」
「うん……」
案内の従者に続き、城の奥の大扉を抜ける。
その先には立派な龍の角を持つ国王と王妃、そして交換留学としてこの国に来ていたアーシュの姉、アルティア殿が居た。先の王国では僕の説明を受けるまで、シェイル王妃は軟禁の状態にあったが、ここアークライト王国は違う。
こちらにもカエターンの一報は入っていたが、バラーシュ王国に同調する意思はない、という表れのように見えた。
謁見のご挨拶を述べたうえで、事件の詳細を説明する。
じっと僕を見つめ話に耳を傾けていた国王は、精霊たちの助言も聞いているのだろう。しばらくの沈黙の後に静かな声で尋ねた。
「サシャ王太子。では、貴殿はこのアルティアを返せ、というわけではないのだな。貴国に連れ帰り、逆賊の一族として処刑するわけではない……と」
国王の覇気に圧されそうになるのを堪えて、僕は返す。
「カエターンは討伐され、彼と共に暗躍していた者たちも捕らえられました。カエターンがやり取りしていた者の中に、姉君アルティア殿の名前がないことも判明しています」
「帰国より預かっている大切な客人だが、もし我が目を欺こうものなら、貴殿がこの地にたどり着く前に竜の餌となっていただろう」
同席するアルティア殿が微笑む。
気丈な方だ。自分の行動に非はないからこそ、こうして今、堂々と胸を張ってこの場にいることができる。さすがアーシュの姉君だ。
僕は続ける。
「私はこれからも、貴国との友好的な関係を望みます。今後もアルティア殿がその懸け橋となるのでしたら何より。もちろん、ご本人の意思をお伺いしたうえでの話です」
かつて王の命令として、アルティア殿はアークライト王国に渡った。そしてハヴェル殿が我が国に来た。表向きには交換留学といていでいるが、その実、人質であることは本人たちも知っている。
でももう、そんな形であって欲しくない。
自らの意思で、両国の架け橋となってもらいたい。
そんな思いで隣に立つハヴェル殿を見上げると、蒼黒い髪と同じ深い色の瞳を細めて頷いた。彼もまた、今後もずっとバラーシュ王国にあって欲しい。
ハヴェル殿が叔父である国王陛下に進言する。
「陛下、私は今後ともサシャ殿下の善き友として、バラーシュ王国で見守りたく思います」
強い意志で、ハヴェル殿は言う。
この一言を伝えたくて、彼は僕と来たのだろう。
「その為にも乳兄弟ともいうべき我が友、ザハリアーシュと父ヤクプ殿の放免を望むものです。陛下がアルティア殿に対し何ら罪を問わないのであれば、それをオレクサンドル国王陛下と諸侯らにお伝えしたい」
姉君たちを迎え入れた、二国の王それぞれが罪を問わないのであれは、それは一族皆同罪とする貴族たちに対して強い意見になる。二国との友好関係を続けたく思うのであれば、バラーシュは問答無用の処罰はできない。
僕とハヴェル殿の言葉に、国王は唇の端を上げた。
「風の精霊たちから、ザハリアーシュの働きは耳にしていた。同時にカエターンなる者が、何やら良からぬことに手を染めていたということも」
以前から、兆候は察知ていたのか。
「とはいえ、他国の内情に口出しできる身ではなく、証拠となる物があるわけでもない。精霊の噂話ならば、オレクサンドル王にそれとなく示唆する程度よ。王も、何らかの予兆を感じ取っていたはず」
だからこそロビンをスパイとして、次に一番狙われるだろう僕の周辺を警戒していた。
龍人王は僕の心の内を察するように続ける。
「結論を言おう。私はアルティアを手放すつもりは無い。ハヴェルの兄の一人が、婚姻を申し出ているのでな。アルティアも同意していることだ」
アーシュによく似た顔立ちの姉君が、微笑みながら頷く。
「もし貴殿がアルティアを処刑するために返せと言うならば、私はそなたを喰い殺し、竜の餌とするところだが。返答は如何に?」
思わず僕はハヴェル殿と顔を見合わせた。
そして王に向って答える。
「私はアルティア殿の意思を尊重し、幸せを望みます。このような喜ばしいお話があるのでしたら一刻も早く国に戻り、陛下のお言葉を我が王と諸侯、そして父ヤクプ殿とザハリアーシュに伝えたく思います」
「そうか」
王は頷き、立ち上がった。
「ではオレクサンドル国王に書簡を用意しよう。それまではしばし休むとよい。ハヴェル」
「はっ」
「部屋を用意する。王太子殿下の相手を」
「御意に」
ハヴェル殿が深く頭を下ろし、僕の礼をする。
玉座から去り際、国王は思い出したというように足を止めた。
「風たちが懸念していた、魔に取り込まれしもう一人の男はどうなった?」
「ズビシェクなる者でしょうか?」
その言葉に、僕の心臓がドキリと音を立てた。
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