上 下
257 / 281
第六章 死を許さない呪い

257 龍人の王

しおりを挟む
 


 龍人国の石造りの宮殿は天井が高く、城というより、まるで巨大な洞窟を行くようだ。あちらこちらに明かり取りの天窓があるため、薄暗い感じはない。更に壁が少なく常に風の流れるような構造は、どこか故郷のエルフの里の造りに似ていた。
 懐かしい……と思う気持ちに答えるように、風の精霊たちの声が聞こえる。
 待っていたよ、と。
 心配しなくても、大丈夫だよ……と。

「うん、ありがとう」

 思わず声に出してしまい、隣を歩くハヴェル殿が僕に顔を向けて微笑む。
 彼もまた、風の精霊の声を聞くことができる方だ。

「どこに居ても、精霊たちは見守って下さっている」
「うん……」

 案内の従者に続き、城の奥の大扉を抜ける。
 その先には立派な龍の角を持つ国王と王妃、そして交換留学としてこの国に来ていたアーシュの姉、アルティア殿が居た。先の王国では僕の説明を受けるまで、シェイル王妃は軟禁の状態にあったが、ここアークライト王国は違う。
 こちらにもカエターンの一報は入っていたが、バラーシュ王国に同調する意思はない、という表れのように見えた。

 謁見のご挨拶を述べたうえで、事件の詳細を説明する。
 じっと僕を見つめ話に耳を傾けていた国王は、精霊たちの助言も聞いているのだろう。しばらくの沈黙の後に静かな声で尋ねた。

「サシャ王太子。では、貴殿はこのアルティアを返せ、というわけではないのだな。貴国に連れ帰り、逆賊の一族として処刑するわけではない……と」

 国王の覇気に圧されそうになるのを堪えて、僕は返す。

「カエターンは討伐され、彼と共に暗躍していた者たちも捕らえられました。カエターンがやり取りしていた者の中に、姉君アルティア殿の名前がないことも判明しています」
「帰国より預かっている大切な客人だが、もし我が目をあざむこうものなら、貴殿がこの地にたどり着く前に竜の餌となっていただろう」

 同席するアルティア殿が微笑む。
 気丈な方だ。自分の行動に非はないからこそ、こうして今、堂々と胸を張ってこの場にいることができる。さすがアーシュの姉君だ。
 僕は続ける。

「私はこれからも、貴国との友好的な関係を望みます。今後もアルティア殿がその懸け橋となるのでしたら何より。もちろん、ご本人の意思をお伺いしたうえでの話です」

 かつて王の命令として、アルティア殿はアークライト王国に渡った。そしてハヴェル殿が我が国に来た。表向きには交換留学といていでいるが、その実、人質であることは本人たちも知っている。
 でももう、そんな形であって欲しくない。
 自らの意思で、両国の架け橋となってもらいたい。
 そんな思いで隣に立つハヴェル殿を見上げると、蒼黒い髪と同じ深い色の瞳を細めて頷いた。彼もまた、今後もずっとバラーシュ王国にあって欲しい。
 ハヴェル殿が叔父である国王陛下に進言する。

「陛下、私は今後ともサシャ殿下の善き友として、バラーシュ王国で見守りたく思います」

 強い意志で、ハヴェル殿は言う。
 この一言を伝えたくて、彼は僕と来たのだろう。

「その為にも乳兄弟ともいうべき我が友、ザハリアーシュと父ヤクプ殿の放免を望むものです。陛下がアルティア殿に対し何ら罪を問わないのであれば、それをオレクサンドル国王陛下と諸侯らにお伝えしたい」

 姉君たちを迎え入れた、二国の王それぞれが罪を問わないのであれは、それは一族皆同罪とする貴族たちに対して強い意見になる。二国との友好関係を続けたく思うのであれば、バラーシュは問答無用の処罰はできない。
 僕とハヴェル殿の言葉に、国王は唇の端を上げた。

「風の精霊たちから、ザハリアーシュの働きは耳にしていた。同時にカエターンなる者が、何やら良からぬことに手を染めていたということも」

 以前から、兆候は察知ていたのか。

「とはいえ、他国の内情に口出しできる身ではなく、証拠となる物があるわけでもない。精霊の噂話ならば、オレクサンドル王にそれとなく示唆しさする程度よ。王も、何らかの予兆を感じ取っていたはず」

 だからこそロビンをスパイとして、次に一番狙われるだろう僕の周辺を警戒していた。
 龍人王は僕の心の内を察するように続ける。

「結論を言おう。私はアルティアを手放すつもりは無い。ハヴェルの兄の一人が、婚姻を申し出ているのでな。アルティアも同意していることだ」

 アーシュによく似た顔立ちの姉君が、微笑みながら頷く。

「もし貴殿がアルティアを処刑するために返せと言うならば、私はそなたを喰い殺し、竜の餌とするところだが。返答は如何に?」

 思わず僕はハヴェル殿と顔を見合わせた。
 そして王に向って答える。

「私はアルティア殿の意思を尊重し、幸せを望みます。このような喜ばしいお話があるのでしたら一刻も早く国に戻り、陛下のお言葉を我が王と諸侯、そして父ヤクプ殿とザハリアーシュに伝えたく思います」
「そうか」

 王は頷き、立ち上がった。

「ではオレクサンドル国王に書簡を用意しよう。それまではしばし休むとよい。ハヴェル」
「はっ」
「部屋を用意する。王太子殿下の相手を」
「御意に」

 ハヴェル殿が深く頭を下ろし、僕の礼をする。
 玉座から去り際、国王は思い出したというように足を止めた。

「風たちが懸念していた、魔に取り込まれしもう一人の男はどうなった?」
「ズビシェクなる者でしょうか?」

 その言葉に、僕の心臓がドキリと音を立てた。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

孤独を癒して

星屑
BL
運命の番として出会った2人。 「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、 デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。 *不定期更新。 *感想などいただけると励みになります。 *完結は絶対させます!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

処理中です...