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第六章 死を許さない呪い
255 あなた方は強い
しおりを挟む僕は直ぐに行動を開始した。
まずは王都の屋敷で監視されているバルツァーレク夫人と妹君、ラウラの元を訪れ、今、話し合われたことを伝えた。同行してくれたのはハヴェル殿と師団長、そしてロビン。
二人は即刻処刑となる覚悟でいたようで、僕の言葉に頷きながらも、どのような処遇も受け入れると答えた。
「我が息子ながらカエターンとは近年、話す機会も無く、謀反に気づかなかったというのはただの言い訳です。わたくしはどのような刑に処されても構いません」
金の髪に青い瞳の夫人は、泣き言ひとつ言う訳でもなく気丈に振る舞う。
側に寄り添う妹も同じ。
そんな末娘に母君は視線を落とした。
「ただ一つ不憫に思うのはラウラのこと。秋の成人の後には婚姻を予定しておりましたが、それも破談となりました。庶子になったとしても、娘としての幸せを望まずにはいられません」
「お母様」
寄り添う二人を、僕は目に焼き付ける。
母さまも最期の言葉は僕の幸せを願うものだった。
「バルツァーレクの未来のために尽力いたします」
そう告げて僕は王城に戻り、地下の牢獄へと向かった。
僕が閉じ込められていた北の塔とは違い、窓は無く、乏しい松明の明かりだけが頼りの冷たく湿った石の牢獄だ。そこに、アーシュは父ヤクプ殿と共に投獄されていた。
僕の姿を見て、アーシュが驚きの声を上げる。
もう二度と僕に会うこともできないと思っていたみたいだ。
「お体は大丈夫ですか? アラン殿は?」
「アランはザカリー殿やベリンダ殿の力もあって無事だよ。今も城の治癒師たちに監視されながら、回復に努めている。心配ないよ」
「よかった……」
自分のことより僕やアランのことを心配する。
そんな人柄だから、多くの人たちがアーシュを助けようと動いてくれているんだ。
「屋敷の母君や妹君に会って来た。二人は無事だよ」
「ご尽力下さり、ありがとうございます」
「そのお言葉が聞けただけで十分です」
アーシュに並んで立つヤクプ殿も、お礼の言葉を口にする。
どのようなことがあっても自分たちは処刑か一生投獄される身なのだと、あきらめているようだ。僕は端的にこれからのことを告げた。
「二人に関して、僕は放免を主張している。これまで国に尽くしてくれた人たちを、ないがしろにしたくない」
「殿下……」
「王国騎士団も魔法師団も、商人たちまでバルツァーレク公爵家の減刑を望んでいるんだ。僕はこれから姉君たちの国へ向かい、現状の確認と報告に行く。庶民の声も集めて来る。だから、二人とも生きることをあきらめないで」
どんなに絶望の中にいても、生きていれば道は見つかる。
僕は大きく息を吸い、二人に告げる。
「大丈夫、あなた方は強い。精霊の加護もある」
そうだ。
真に彼らが僕や王家に危害を加える存在なら、精霊たちが黙っていない。けれど今も、精霊たちは彼らを脅威と見ていない。ただ静かに見守っているだけだ。
僕と共にいるハヴェル殿も頷く。
「俺が殿下を守り、共に行く」
「ハヴェル……」
「アーシュ、お前は命ある限り殿下に尽くすと誓ったのだろう。ならば死のその瞬間まで、あきらめるな」
親友の言葉にアーシュは唇を噛み、そして強く頷いた。
息子の肩に手を乗せ、ヤクプ殿が言う。
「私とアーシュを同じ牢にと指示したのは、国王陛下と聞いています」
「お祖父さまが……?」
「本来ならば別々の牢獄に入れられ、誰と言葉を交わすことも許されない中、陛下は出来る限りのことをして下さっている」
確かに、二人は手錠もはめられていない。
「ずっと目の前の務めばかり夢中になり、私はいつしか子供たちと言葉を交わす機会すら捨てていました。こたびの出来事はその報いであったと思っております」
アーシュが父へと顔を向ける。
彼も、僕の守護や国に尽くすあまり、家族との対話を犠牲にしてきたんだ。
「殿下、我らはどのような刑に処されようとも従います。どうぞ、御心のままに」
二人は檻を挟んだ牢の中で片膝をつき、僕に頭を下げた。
こんな二人をみすみす死なせてはいけない。
「待っていて。よい言葉を持って戻るから」
そう告げて、僕は二人のもとを後にした。
姉君たちの国に向かう飛竜の準備を進めてもらう間に、僕はもう一度アランのいる部屋に足を向ける。言葉通りベッドで大人しくしていたアランは、僕から経緯を聞いて頷いた。
「悔いの残らないように、行ってこい」
「アラン」
「俺はお前の心に一点の曇りもなく、幸せにしたいと思っている。できることは全てやり切って、戻ってきてくれ」
本当は自分が同行していきたいのだと、表情が語っている。
けれど今はまだ自由に動ける体ではない。二十年以上に渡る呪縛の後遺症は、簡単に無くならない。それを自覚しているからこそ、アランは僕の背中を押してくれる。
彼の優しい言葉が、僕に力を与えてくれる。
「ありがとう、アラン」
「ハヴェル、サシャの身を守ってくれるな」
「勿論だ」
「手は、出すなよ?」
「獣人を敵に回すほど俺は愚かではない」
笑って言い合う二人に僕は首を傾げる。
準備を整えた僕とハヴェル殿、そして数人の騎士らを従え僕らは、その日のうちに王都を発った。
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