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第六章 死を許さない呪い

254 次代を担う者

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 協議を行っている部屋の前にたどり着くと、分厚いドアの廊下側に聞こえるほどの声が響いていた。
 思わず、同行していたハヴェル殿や騎士たち、従者のロビンに顔を向ける。ハヴェル殿はただ静かに頷いただけで、僕は意を決してドアを開けた。
 瞬間、喧々諤々けんけんごうごうの声が止む。
 そして大きなテーブルの一番奥に座す国王陛下を除いて、全ての人が立ち上がり僕に頭を下げた。

 昨日、斬首台ではあのような形で引き立てられていたが、陛下の「赦す」の一言で、王太子としての権威を取り戻したということなのだろう。
 僕は気を引き締め部屋に入り、用意されていた椅子に座る。
 一拍置いて皆も着席した。

 顔ぶれは高位貴族と神官たち、更に王国騎士団や魔法師団らも交えていた。有力な豪商の姿もある。
 何名か知った顔が無いのは、カエターンに組していた貴族や神官たちがいないせいだろう。陛下の隣に立つホレス宮中伯がここまでの経緯を説明した。

 もちろんハヴェル殿から聞いていた話と大きく変わらない。

 慣習通り、バルツァーレク公爵家は取り潰し。父ヤクプと、長子が討伐されたことで跡継ぎとなったアーシュは処刑か生涯投獄となること。
 二人の姉君の内、一人は隣国に嫁いでおり、一人はハヴェル殿の祖国アークライト王国に交換留学として十五年前に渡っている。姉君たちの処遇はその国に委ねることになるか、おそらく処刑か投獄だろう。
 そして、王都内の屋敷に暮らす母君も夫やアーシュと同じ。唯一、僕と同い年と聞いている妹君だけは神殿が引き取り、生涯神官として神に仕えるとの話になりつつあった。

 その処遇に異を唱えていたのは王国騎士団と魔法師団、そして商人たちだ。

「ザハリアーシュ様は今日まで多くの魔物を内倒し、騎士団や冒険者だけでは守り切れなかった辺境の町や村を救ってきました。父、ヤクプ様も治水や街道整備に携わり、この国の発展と治安に大きく貢献してきた方です」
「だが、カエターンが策略を巡らせ始めたのは十年前と聞く。これほど長い間、ヤクプやザハリアーシュがその動向に気づかなかったというのはあり得ぬだろう。知っていて知らぬふりをしていたなら同罪である」
「カエターンは長く国境付近の公国にいた。実父といえど顔を合わせるのは年に数回」
「ここ数年はそれすらも無かったと聞く」
「共犯であるなら、大人しく投獄などされておるまい」

 一つの主張にすぐさま別の声が否定する。

「王家に手をかけた者は一族含め同罪とする。その法があるからこそ、数百年に渡り、王家は守られていたのですぞ」
「守られては無いではないか!」
「カエターンは、バルツァーレク家を犠牲にしてでもよいと考えていたのだろう」
「己の計画が失敗するとは思っていなかったのだ」
「一族を人質とするような法など、効力がないということではないのか?」

 同じような言葉が延々と繰り返されている。
 アランを伴侶にと主張した時もそうだった。

 僕はテーブルの一番奥に座す、国王陛下に顔を向ける。
 陛下は家臣たちのやり取りに耳を傾け、自らの主張はまだ口にしていないようだ。僕は改めてテーブルに向かう人たちを見つめた。
 一人が僕に意見を求める。

「王太子殿下はどのようにお考えか、お聞かせ頂きたい」

 どう言われようと僕の気持ちは最初から変わらない。

「僕は、バルツァーレク家の放免を主張します」
「殿下!」
「サシャ殿下、カエターンは先の王太子、オリヴェル様や殿下の母君、オティーリエ王女までも手にかけたのですよ。そのような不届き者の一族を、無罪放免とするのですか!?」
「罪を犯したのはカエターンです。そして彼は、父と弟の手によって討伐されました」

 カエターンは僕とアランに向い、魔物化しながらも攻撃しようとして来た。
 そんな相手にアーシュは一切の迷いなく剣を向けた。
 実の兄だというのに。

「皆が知っている通り、アーシュ――ザハリアーシュは僕を見つけた時より守護を務め、実兄を前にしてもその意志は揺るぎませんでした。父君ヤクプ殿も、自らの手で国王に反逆する者を討伐しました」

 言葉にするのは簡単だけれど、二人の心の内を想えばどれほど苦しいことだろうかと思う。

「その行動こそ、二人が王家に忠誠を尽くしている証しではありませんか?」

 僕は落ち着いて言葉を続ける。
 部屋は静寂に包まれた。

「更に二人の姉君は他国にあり、カエターンの考えを知る機会は無かったでしょう。仮に書簡で知ったとして、何ができるというのです」
「共謀してこの国に攻め入る手を考えていたとも」
「そのような兆候はありますか?」

 国境を守護する貴族や騎士らに顔を向けると、皆同じように首を横に振る。
 アランの凶事から数日が経っている。僕の投獄や処刑の話は届いているだろうが、昨日今日ではカエターンが討伐された話まで流れているかどうかという所。
 仮にバラーシュ王国に攻め込むような考えがあったなら、諸国はこの機会を逃すわけが無い。今も兆候が無いのなら、その可能性は低い。

「母君や妹君に対しても同じ。カエターンが安易に、自分の計画を家族に明かしていたとは思えません。もし共謀していたなら何らかの行動を起こしているはず」
「お二方は屋敷にて監視の中にあります。抵抗は無く処罰にも従うとの話です」

 僕の言葉を後押しするように、貴族の一人が答えた。
 二重スパイとして一番近くにいたロビンですら、証拠を手にするのにこれだけの年月がかかったんだ。カエターンは最後の最後に油断するまでは、慎重に事を運んでいた。
 心の内を知らない者に諫める機会なんかあるはずもない。
 それでも、納得できない顔の者たちがいる。

「僕はただ、同情で言っているのではありません」

 一つ息をついて、僕は皆に顔を向ける。 

「僕――いえ、私は次期バラーシュ王国国王として、国に尽くし、働く人材を失うことは国益に反すると考えます。また慣習に囚われ公爵家を潰したなら、彼らに助けられた数多くの民は何を思うでしょう」

 貴族や神官らが顔を見合わせる。
 わざわざ騎士団や魔法師団、それに商人たちまでもがこの場に駆けつけているということは、ヤクプ殿やアーシュがどれほど人々の為に働いてきたかの証しだ。
 僕は国王陛下に顔を向けて言う。

「お許しいただけるのなら私自ら足を運び、他国にいる姉君たちを見てまいります。同時にこたびの出来事を諸侯らに説明し、民の動向も確認してきたく思います」

 僕の言葉に商人たちが賛同の声を上げる。
 国王陛下は大きく息を吸い、そして頷いた。

「次代を担う者として、責任を全うせよ」

 国王陛下の言葉に、僕も強く頷き返した。
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