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第六章 死を許さない呪い

242 アーシュ・背にかかる責任

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 馬を駆ること数時間。
 途中の村で一度馬を休ませ、その間、村にあった小さな神殿の神官にアラン殿の治癒を施し、我らは再び馬を走らせた。
 アラン殿はいつ気を失ってもおかしくないほど、疲労と痛みに苛まれているというのに、しっかりと意識を保ち馬から落ちることなく私の背に掴まる。私は……急ぎたくなる気持ちを抑えつつ、それでもできうる限りの早さで馬の足を進めていた。

「このペースで行けは、夕刻には王都に到着しますな」
「うむ」

 ルボル殿の言葉に頷きながら、私は背にかかるアラン殿の息使いに意識を向けいた。

 どれほど神官の治癒を施したとしても、呪縛が発動し、更に手足にはめられたままの鉄輪によって力を奪われ続けている。王都にたどり着いたとしても、サシャは北の塔の牢獄の中だ。
 どうにかして魔法師団長のベリンダ殿と連絡を取り、まずはアラン殿の鉄輪を外してもらう。更にサシャを牢獄から連れ出し、アラン殿の呪縛を解く。
 国王殺しの呪いを解いたうえで王の元へ出頭し、真実をお伝えする。

 ズビシェクを取り逃がしたこと、マロシュなる獣人の存在も気がかりだが、今はそれが最善のように思える。

「サシャ……」

 背から、苦しそうな息遣いと共に呟きが聞こえた。
 馬から落ちないよう、私の腰に掴まる腕も震えている。王城の演武場で、この私を完膚なきまでに打倒した剣豪が、たった一人の番の安否に打ちのめされようとしている。
 国に五人しかいないアーモスランクの強者だろうと、心には弱さも抱えている。

 感情の無い人形ではないのだ。
 このような人が、私欲でもって王を手にかけるはずがない。
 私は片手で、アラン殿の手をしっかりと握った。

「彼は負けません」

 私の背に額がのる。
 彼の想いの全てを背負い、私は馬を駆る。その責任の大きさを実感する。

 ずっとアラン殿に対して嫉妬を抱いていた。
 子供じみた態度だと自覚しながらも、二人の会話を遮り、引き離したこともあった。彼はただサシャの身を案じ、守護者としての私に全てを委ねてくれたというのに。
 剣の腕ばかりではなく、人としても私はアラン殿に遠く及ばない。

「私は、生涯をかけてお守りします。サシャと、あなたを……」

 アラン殿が背から顔を上げる。
 何か言おうとするような息遣いを感じたその時、街道を遮るように幾人もの騎士……いや、警備兵だろうか。まるで検問のように立ち並ぶ者たちが見えた。
 周囲はまばらな樹々があるだけの平原だ。
 森に身を隠しやり過ごすことも難しい。

 私は並走するルボル殿やカレル殿と視線を合わせ、頷き合った。
 道を塞ぐ警備兵も我らに気づき手を上げて合図する。止まって検問を受けろというのだろう。先行したカレル殿が兵たちに声をかけた。

「私たちは隣国国境より参りました。この先の神殿で、怪我を負った者の治療を求めるものです」
「名は?」
「私はカレル。冒険者です。その者たちは侯爵様とその従者です」

 冒険者の証文を見せる。警備兵は「ベルナルドランクの方ですか」と呟き、証文を確認した。
 嘘と真実を織り交ぜて、アラン殿の身分を隠そうとする考えか。

「ダリハラル領マクドウェル婦人の最愛なるお方が行方不明となられ、我らお探し申しておりました。ご婦人方の嫉妬とは怖いものです。盗賊を使って誘拐し、他国へ流そうとしていたのですから。我ら寸での所でお救いいたし、ここに至った次第です」

 カレル殿の口からすらすらと出る言葉に驚く。
 いざとなればバルツァーレク家の名を出して押し通そうかと考えていたが、ここでは私の身分も隠した方が良いとの判断か。
 考えてみれば私は、王城の一室で軟禁されていたところを抜け出してきた。そんな者が獣人を連れて歩いているとなれば、疑われてしまう。

 カレル殿は淀みなく、マクドウェルなる婦人の人柄や事件に至った経緯を話し続ける。まるでその場に居合わせていたかのような語り口に、警備兵は顔を見合わせてから、困ったような苦笑を向けた。

「あぁいい、いい。貴族様の恋愛事情まで言わずともよい」
「これは失礼いたしました」
「それより、道中凶悪な獣人は見なかったか? 国王陛下を殺害せんとした凶悪犯が、他国に逃亡しようとしているらしい」
「なんと恐ろしい! 国王陛下を!? 畏れ多いことです」

 大げさに驚くカレルの言葉に、兵士たちは頷いて答える。

「全くだ。大柄で恐ろしく大きな爪を持っているという。その騎士の後ろにいるのは獣人であろう? 同族の匂いに何か気づく物は無かったか?」

 警備兵が私にもたれかかっているアラン殿の顔を覗き込もうとする。
 緊張に胸が跳ねる。何か言って、気を反らすべきか。そう戸惑い思案する私の背中で、アラン殿がかすれた声を上げた。
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