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第六章 死を許さない呪い
241 アーシュ・私が手綱を握る
しおりを挟む「マロシュというのは?」
「二十歳ぐらいの狐系の獣人です。かつてカサルの町にいた冒険者でした」
盗賊たちを一掃し、我らの元に駆け寄って来たカレル殿が答えた。
誰もが顔を見合わせる。瞬く間の出来事であったが、盗賊らの中に獣人の姿はなかった。
「そのよう者の姿は見ていない」
「くそっ……あいつ、サシャに手を出すつもりだ。行かなければ……」
「アラン殿!」
せっかく止血した傷すらまた開くのも構わず、アラン殿は立ち上がった。
何が何でも、サシャの元に向かうつもりだ。私はアラン殿の体を支えながら、その横顔を見つめた。
獣人は番のためであれば命も投げだし、小国ひとつ潰すこともある。
姿こそ人間族と大きく違わないが、本当の力を開放した獣人は竜すら倒す。その秘めた能力は、龍人やドワーフも一目置くほどだ。そしてそんな一途さこそ、エルフの民が信頼する理由でもある。
サシャもそんな彼の獣人らしい誠実さに魅かれたのだろう。
「私がお手伝いします」
アラン殿の背に手を置き、私は声をあげた。
「誰か! 直ぐに走らせることのできる馬を探してくれ!」
「ザハリアーシュ様!?」
「歩くこともままならない今、アラン殿が一人で騎乗するのは難しい。私が手綱を握ります。アラン殿は背に!」
戸惑う者たちの横で、ルボル殿とカレル殿だけが直ぐに行動を開始した。
アラン殿が行くと一度決めたなら、誰にも止められないことを、共に修行した二人はよく知っている。
我らが乗って来た馬は夜通し走らせてきたため、今すぐ使うことはできない。二人は盗賊らが隠し持っていた馬の中で、特に健脚な物を選び引き連れて来た。
ルボル殿が手綱を渡しながら言う。
「ザハリアーシュ様、わしとカレルが警護につきます」
「頼みます。道中どんな罠があるか知れません。王国の兵士や警備団の間には、アラン殿の指名手配書も流れているはずです」
公爵たるバルツァーレク家の私が事情を説明すれば、その場で捕縛、即打ち首とはならないだろう。だがひとつひとつ説明している暇は無い。おそらく呼び止められれば強行突破で抜けることになる。
私一人の力では心もとない。
更に私は、残る騎士と冒険者たちに指示を出した。
「捕縛した盗賊たちの後を頼みます。近くの村への応援と、この地の領主を召喚し現状の説明を受けてください。全てを記録したうえで、国王陛下に直接ご報告申し上げるように」
「かしこまりました」
命令に騎士たちは動き出す。
私は必死に痛みに耐えるアラン殿に手を伸ばした。
「行きましょう。私が手綱を握る間、少しでも体を休めることができるでしょう。どうぞ馬から落ちないようにだけ」
「感謝する……」
膝を着き、傷と魔法に耐えるアラン殿の手をしっかりと握る。
東の山々から朝陽が射し込中、騎乗した我らはガダル砦を後にした。
◆
夜が明けた頃、僕を取り巻いていた北の塔の草花たちは、その大半が魔法によって枯らされていた。
思う以上に手間取る魔法師たちに、カエターンは苛立ちを隠しもせず牢の中の僕を睨みつける。僕に一切の抵抗は無いというのに、何か焦っているような気配すらあった。
「雑草というのはしぶいものだな。後どのぐらいかかる?」
「もう、二から三時間というところで、全ての草木を取り除けます」
「かかり過ぎだ。一時間で終わらせろ」
体内の魔素を浄化する術を持つ魔法師でも、これほど長く休みなく魔法を使い続けたなら体がもたない。無理を続ければ余計な魔素が身体に溜まり、魔物化してしまう可能性もある。
数人の魔法師が交代しながら続けてきたが、そろそろ限界のはずだ。
だというのに、カエターンは事を急がせている。
……その時、塔の石階段を上ってくる足音が聞こえた。
現れたのは食事や飲み物を乗せたトレイを手に持った、従者のロビンだ。彼は僕が捕らえられてからずっと、カエターンの従者のように振る舞っている。
「軽いお食事と飲み物をお持ちしました」
「ロビン、国王陛下の動向は?」
「自室に居られます。昨日、クレイグ騎士団長とベリンダ魔法師団長を呼ばれ、以後、ずっとお側に置いております」
ロビンの報告にカエターンは鼻で嗤った。
「あの者たちに邪魔されると厄介だと思っていたが、これは都合がいい。国王陛下も再び獣人による襲撃を恐れ、Aの者たちを自らの警護につけたか」
側のテーブルに置かれた飲み物を手に取り、一気に飲み干す。
ずっと飲まず食わずの僕は思わず喉が鳴ったが、それでも気丈に振る舞う姿勢は崩さなかった。
「自分の孫がこのような状態になっているというのに何の動きも見せないのは、やはり我が身が可愛いのだろうな。国王と言えども、老いたるはただの人ということか……。今まで警戒しすぎていたかもしれん」
そう呟いて唇の端を上げる。
このような事件が起きるまで誰もカエターンの真意に気づかなかったのは、彼が細心の注意を払って、身を隠してきたからなのだろう。
それを僕やお祖父さまの動きを見て、警戒を解いたか。
「国王の助けを待っているのなら望めないぞ。我が身がかわいければ、私の命じるままに動くことだ。サシャよ、我が妃……いや奴隷となれ」
僕は何も答えない。
ただ、真っ直ぐカエターンを見つめ返すだけだ。
「ふん。頑固な男だ。そのような態度は命を縮めるだけだというのに」
呟いて、カエターンは魔法師や側に控える騎士たちに命じる。
「国王殺し共犯者をこのままにしては民に示しかつかぬ。取り巻く草木を完全に無力化したなら、捕縛したまま王都の中央広場まで引き連れよ。民の前で首を刎ねてくれる」
告げたカエターンは勝ち誇った笑みを僕に向け、北の塔を下りて行った。
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