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第六章 死を許さない呪い
240 アーシュ・救援
しおりを挟む捕縛されようとしている獣人の姿は、遠目にもはっきり見分けることができた。
数人の男たちに取り囲まれながら、首や腕に縄をかけられ、剣や鏃を向けられている。まるで魔獣を捕らえようとしているような光景だ。
「アラン殿!」
私の叫び声で数人の敵──盗賊たちがこちらに振り向いた。と同時にカレル殿の矢が敵を貫く。二本、三本と放たれた矢先は確実に相手の腕や肩を射抜き、敵は武器を落とした。
一人の大柄な男が、こちらを向いて顔を歪めている。
他の者と違う身なりや壮年に近い歳恰好、武器を持つ者たちから一歩後ろに下がり指示を出すような素振りから、奴が頭だろう。濃い鉛色の髭を生やし、いかにも人相の悪いその男の手には、獣人捕縛魔法に必要な魔石を手にしていた。
私の横でカレル殿が声をあげる。
「あいつが、ズビシェクです!」
「奴が!」
我ら騎士は馬の勢いそのままに、騒ぎの渦中に飛び込んだ。慌てて距離を置く間に馬を降り、アラン殿を拘束していた縄を切り離す。
仲間の騎士や冒険者達は、そのまま取り囲む盗賊たちを薙ぎ倒していった。
圧倒的な戦力差だ。
敵の数は多く腕も立つようだったが、ルボル殿を始め、我らの剣の腕は国でもトップを争う者たちだ。瞬く間に盗賊たちは戦力を失い倒れていった。
「くそっ、あの男裏切ったか……この場所をバラしやがったな」
ズビシェクだと聞いた男が呻いた。
周囲の盗賊たちが「頭!」と叫んで助けを求めようとするが、男は気にも留めず、新たなな魔石を取り出した。
嫌な予感がする。そう思う目の前で、騎士らの攻撃をかわしながらズビシェクは小粒な魔石を飲み込んだ。
「何を……!」
私が呟いたのとズビシェクが変容するのは同時だった。
背より竜のような翼を生やし飛び立つ。そのまま周囲の仲間を置き捨てて、ズビシェクは逃亡していった。
さすがに飛行する相手は追えない。奴は、龍人族だったのか?
「あ奴め、魔石の力を取り込んだな……」
「そのようなことをしては……」
「うむ、いずれ人でなくなる」
「ザハリアーシュ……」
渋い声で呻くルボル殿の後ろで、首や手足の縄を解かれたアラン殿が呼んだ。
「アラン殿! お助けに参りました」
「サシャ、は?」
鎖を引きちぎって逃げたのだろう。両手と膝をつくアラン殿は全身傷だらけで、手足を拘束していた鉄輪の周囲には抉れた肉も見えている。
思わず顔を背けたくなるような傷でありながら、自分の身より先にサシャの安否を尋ねる彼に、私は片膝を着き息を整え答えた。
「無事です。サシャは精霊たちと我が友、ハヴェルや騎士団長らが万が一に備えております。アラン殿、私はサシャより言伝を受け参りました。王太子殿下としてのご命令です」
サシャの警護より優先してアラン殿の元に駆けつけた、その理由を私は急ぎ伝える。
「アラン殿にかけられた国王殺しの呪縛は、王となるエルフの願いと、祈りの込められた魔石によって浄化される……と」
「……王となる、エルフの願い」
「そう。精霊の加護を得たエルフ血筋……更には王へ至る者――サシャ殿下の力と、特別な魔石によってあなたの呪縛を解くことができるのです」
「それは、あの胸につけている魔石か?」
私は頷いた。
「サシャが身に着けている、あなたから貰ったという魔石です。誰が見ても魔力の乏しいありふれた石でしたが、十年という歳月の中、あなたを想う祈りが込められ、この世に二つとない奇跡の石となったのです」
アラン殿の視線がただよう。何か心当たりがあるのだろう。
そして一度強く瞼を閉じてから、強い決意を込めた瞳を向けて来た。
「サシャの元に……行かなければ。今、すぐに……」
言って立ち上がろうとするが、酷い傷で体がふらつく。
それでも不屈の精神で前を向くアラン殿に、私は声を上げた。
「誰か! 治癒の魔石を持つ者はいないか!?」
北の塔から直接厩に向い、この場に駆けつけた私は手持ちの魔石が少ない。
止血をするのに精いっぱいで、傷を治癒するまでに至らない。直ぐに数人の騎士と冒険者が駆けつけ魔石を取り出して応急処置をするも、やはり治癒には遠く及ばない。
ルボル殿が難しい顔で唸った。
「この手足を拘束している鉄輪にも、獣人の力を抑え込む魔法が施されている。これはAランク並の魔法師でなければ外すのはムリじゃ」
ルボル殿はAのランクを持つが、魔法を専門とするわけではない。
Aの魔法師と言えば、王城に控える魔法師団長、ベリンダ殿でなければ外せないということか。
「王都へ、戻らなければ……」
「無理です、ザハリアーシュ様! こんな大怪我で体を動かせば命にかかわります。近隣の町か村に運び、神殿の治癒師の術を受けながら数日は安静にしなければ」
「だが……」
彼は今、国王に爪を向けた指名手配の逆賊だ。一刻も早く王殺しの呪縛を解き、真実を伝えなければならない。それを可能とするのも王城に囚われているサシャだけだ。
アラン殿が苦しそうな息を吐きながらたずねて来た。
「盗賊の中に……マロシュは、いたか……?」
「マロシュ?」
私は仲間の騎士たちと顔を見合わせた。
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