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第六章 死を許さない呪い

237 陶酔した顔

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 アーシュ兄さまとハヴェル殿が北の塔を後にした数分後のタイミングで、カエターンと数人の貴族、そして魔法師が僕の元に訪れた。
 魔法師は見覚えのない人だ。
 たぶんカエターンのお抱えの魔法師で、普段王城にはいない人なのだろう。

 今回、カエターンは貴族たちの後ろに立ち、主動を握るような態度は見せない。
 こういった態度の使い分けで、今まで本心をうまく隠してきたんだ。

「精霊魔法で抵抗したのか……」

 僕を守るように伸びた草花であふれる牢の中を見て、老齢の貴族たちが口にする。多くはアランが奴隷出身だということで、伴侶に相応しくないと言っていた人たちだ。
 僕は昨晩と今朝、カエターンが明かした言葉を伝えようとした。けれど声が上手く出ない。精霊の動きを抑える魔法と声を出にくく術で妨害しているのだと分かっても、どうすることもできない。

「サシャ殿下、何か言うことは無いのですか?」

 貴族らの問いかけに答えようとするも、声にならないのだからどうしようもない。
 僕は唇を噛みしめ、じっと貴族やカエターンを見つめ返した。

「昨日、ここにきてよりこの調子です」
「ふむ……アランを伴侶にと言った時も我を貫いた方だ。意固地になっているのか」
「王子はまだ若い。先日成人したばかりのまだ子供のような方だ。自分がどれほど間違った道に進んでいるのか、気づいておられないのだろう」

 口々に言い合ってため息をつく。
 その言葉や行動の違和感に、僕は不吉なものを感じた。
 いつからこの状態だったのか。おそらくずっと以前から王城で実権を握る貴族たちを言葉巧みに誘導し、自分の意のままにしていたのだろう。
 僕もアーシュも、そのことに気づかず過ごしてきてしまった。

 貴族の一人が、離れた場所で様子を見ていたカエターンに尋ねる。

「陛下に爪を向けたアランの行方は、まだ掴めていないのですかな?」
「西の方に逃げたという情報があります。おそらく国外に逃亡するつもりでしょう。国境の兵には既に警備を固めるよう指示を出しています」
「西の方と言うと、カエターン殿が懇意にしている領主たちが多くいる方角ですな」
「ならば、カエターン殿に任せておけばよい」

 カエターンの言葉に貴族たちは頷き合う。
 僕はただ、彼らのやりとりを見ているだけだ。

「国王陛下は今回の一件に対し、沈黙を保っておられる」
「ご子息、オリヴェル王太子殿下が自害された時もそうであった。何かお考えがあったのか、後継者の不甲斐なさに気力を失っておいでなのか」
「どちらにせよ、このままでは次代の王をどのようにすればいいのか……いつまでも陛下が玉座に居られるわけではない」
「やはり、精霊の言葉に従うのはもう終わりにせねばなりませんかな」

 貴族たちがため息まじりにこぼす。
 自分たちが認める者でなければ、陛下や精霊たちの言葉すら無視するつもりなのか。
 カエターンが苦悩混じりの声で続けた。

「五大英雄たちが凶悪な巨大魔王を倒し、それぞれの王国の始祖となってより数百年。我々は国の未来を精霊たちの言葉にゆだねてきました。ですが、時代を経るごとに言葉を聞くことができる者は減り、今や国王と一部の神官たち、民の中でも数えるほどしかおりません」
「精霊たちとの繋がりは希薄になっている」
「うむ。それでも、国はこうして成り立っている」

 カエターンは頷く。

「未来は我々、人の手によって選択をしていかねばならない時が来たのです」
「精霊が選んだ王ではなく、我々人が、新たな王を選ぶ時がきたのだ」

 貴族たちが口々に同意していく。
 僕は一体、何を見せられているのだろう。

「……そうとなれば、次代の王は誰とする?」
「それは、このバラーシュ王国を導くに相応しい、知恵と武力と人望を兼ね備えた者がよいかと。私はアーモスのランクを会得した、王国騎士団長クレイグ・シュクラバルか、同じく王国魔法師団長ベリンダが相応しいように思います」

 カエターンは何を言っているのか。
 昨日、次期国王に相応しいのは自分だと、言っていたばかりなのに。

「確かに、あの者たちは知恵と武力、人望を兼ね備えている。だが……国王となるならば、それだけでは足りない。諸国の王と渡り合う政治力も必要ですぞ」
「何よりも威厳ある者が」
「であれば最もふさわしい者が、我々の目の前にいるではありませんか」

 陶酔した顔で貴族たちは口々に言う。

「そうであった。カエターン殿!」
「うむ。王家の血を継ぐ公爵令息でもあられるのだ。血筋も問題ない」
「貴殿は今、二十八であったな。ザハリアーシュ殿は玉座に興味なくとも、君ならばやってくれるな」

 カエターンはこの言葉を待っていたんだ。
 貴族たちの声に、唇が笑みの形になる。

「私になどもったいないお話。ですが……王太子殿下が陛下の命を狙う輩と手を組み、更に反省の色も無いとなれば、いかし方ありません」
「この国の未来のために!」
「国王陛下がお許しになれば……」

 恭しく、カエターンは頭を下げる。
 そんな姿に貴族たちは、「我々が説得しよう」と口を揃えた。

「サシャ殿下の後のことは、全て私にお任せください」
「うむ。このまま逆賊を庇う態度を貫くのならば、示しをつけなければ」

 そこまで言って、貴族たちはやっと僕の方に顔を向け直した。
 その目は憐れむような色がある。

「王の命を狙う者はどのような目に遭うのか、民に知らしめよ」

 そう告げて北の塔から下りて行く貴族たちを見送ると、カエターンは側に控える魔法師に声をかけた。
 その瞬間、僕の声を奪っていた魔法が外れる。
 カエターンは満足した笑みで僕の方に振り向いた。

「残念だな、サシャ。私に服従する道を選ばなかったがために、処刑となるか」
「このままでは……終わらない……」
「アランは我が配下の者の手の内にある。助けは来ないぞ」

 そう言うと同時に、魔法師が魔石を手に呪文を唱え始めた。
 僕を守るように生い茂っていた植物たちが、ゆっくりと萎れていく。

「明日の午後には、この場の草花も全て取り払えるだろう。その時がお前の最期だサシャ」
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