冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第六章 死を許さない呪い

236 アーシュ・西へ

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 直ぐにでも塔を出て、アラン殿の行方を探しに行かねば。
 だが、唯一の出入り口の階段の、下の方から複数の人の声と足音が聞こえてきた。見張りの兵だけではなく、誰かがここに上ってこ来ようとしているのだろう。
 私は今一度、サシャの方へと顔を向けた。

 精霊たちの守りがあるとはいえ、塔の頂きの牢獄に繋がれ、いつまでも無事でいられるとは限らない。
 一時も離れず側で守りたい……。
 それでも私を信頼して、願いを託してくれたのだ。

 不安に気づいてか、サシャは気丈に笑顔を向けた。

「アーシュ、無理を言っていると分かっている」
「サシャ……」
「このようなことアーシュにしか頼めない。僕は大丈夫。どんなことがあろうと負けないから……」
「万が一の場合は、精霊たちに塔を破壊させてでも逃れるように」
「うん」

 頷くサシャに檻越しで腕を伸ばし、ぎりぎり届く頭をそっと撫でた。
 私は同じ言葉を繰り返す。

「御身を守ることを第一に。アラン殿を見つけ出し伝えたならば、私は直ぐに貴方の元に戻ります。私は……何があろうとあなたの味方だ」
「アーシュ……兄さま」
「世界の全てがあなたの敵になろう、私とアラン殿だけは味方です」

 囁く私の後ろで、ハヴェルが「おい」と怒ったような声を出した。

「仲間外れにするな、俺も味方だ」
「ハヴェル」
「行くぞ。俺たちがここにいることが見つかれば、面倒なことになる」

 言うとハヴェルは窓から身を乗り出した。そして普段は決して人に見せることのなかった龍人族の翼を広げる。蒼黒い髪や角と同じ、濃紺の竜の翼だ。
 サシャが驚いた顔をしている。おそらくハヴェルの羽を初めて見たのだろう。

「直ぐに、直ぐに戻ります!」

 ハヴェルの手を借り、私たちは塔の窓から飛び降りた。
 空には黒雲が広がり始め私たちの影を目立たなくさせる。ハヴェルは羽ばたくことなく、私を抱えたまま滑空していった。

「このまま厩舎きゅうしゃまで下りるぞ」
「ああ、馬を奪わなくては……」
「心配するな」

 ハヴェルが意味ありげに口の端を上げた。
 広い王城の城壁内には、東西と南、それぞれ城門からそれほど離れていない場所に厩舎がある。有事の際には直ぐに動けるようにとされたものだ。
 ハヴェルはその中の、西の厩舎近くに舞い降りた。

 直ぐに駆け足で向かう。
 アラン殿の行方は依然不明のままだが、王城内でじっとしていることなどできない。きっと民の誰かが目撃している。
 アーモスにまでなった冒険者が人目に付くような方法で逃亡するとは思えないが、完全に人の目から逃れるには、まだ明るい時間だったのだ。何か手がかりはきっとある。

 厩舎に駆け込むと、そこには馬丁ばていを始めとしたアーモス戦士、ルボル殿と王国騎士団長のクレイグ、騎士たち、そして魔法師団長ベリンダが待っていた。
 騎士たちの多くは、私と魔物討伐の遠征に同行していた、私設騎士団の者たちだ。
 彼はは私の姿を目にすると、取り囲むようにして声をかけてきた。

「サシャ殿下は、ご無事ですか!?」
「皆、なぜ……」

 驚く私に、団長クレイグが答える。

「ザハリアーシュ様、ここに集まった者たちは、アラン殿の捕縛と処刑に賛同しない者たちだ」
「どういう……」
「アラン殿がまだ、ダリボルツィリルランクの頃から彼の噂を聞き、共に魔物と戦った過去がある者もいる。ザハリアーシュ様との決闘の後は、改めて彼との交流で人となりを知り、仲間となった者たちだ」
「アラン殿は心から殿下を大切に思い、国王陛下への忠誠を胸にしていました!」
「陛下に爪を向けたこと、彼の意思とは思えません!」

 説明するクレイグに続いて、騎士たちが声を上げた。

「我らはアラン殿を救いたい!」
「私たちも、ザハリアーシュ様と共にアラン殿を探すお手伝いをさせて下さい!」

 全てが兄、カエターンの手先になったように感じていたが違ったのだ。
 彼らの中からルボル殿が進み出て、言葉短く報告する。

「ザハリアーシュ様、アランは王城より西の森に逃げ込み、そこで何者かと争った形跡があると冒険者仲間からの情報が入っております」
「冒険者仲間……ギルドの人たちか?」
「さようです。多くの冒険者にとってアランは英雄です。彼に命を救われた者も一人や二人ではない。彼が奴隷商の元より逃げ出し、冒険者ギルドの先代ギルマスに保護されてから今日まで、人々のために戦ってきました。そして保護したサシャ殿下を、本当に大切に守り育てて来た」

 彼が積み上げて来た信頼は、たった一度の凶事では揺るがなかったということだ。

「みすみすアランを死なせるようなことなどさせませぬ。お急ぎを、アランを処刑しようとする者たちより先に見つけ出さなければ」

 頷き、私は用意された馬にまたがる。
 続くのは数人の騎士とルボル殿。ハヴェルが馬上の私を見上げて言う。

「アーシュ、俺と騎士団長らはここに残る。万が一の場合は、サシャ殿下の守りに」
「頼む」

 私は親友に後を託し、王城をから駆けだした。
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