冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第六章 死を許さない呪い

226 真相と囲われの王子

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 自分の耳を疑った。
 今、カエターンは何と言った?
 王になるのは自分だと。更に、この僕を妻にと?

「……まるで想像していなかったという顔だな」

 光を背にするカエターンの側からは、僕の表情がよく分かるのだろう。
 でも、彼の声音が笑っている。
 カエターンが合図を送ると、取り巻きの兵士とロビンがその場を後にした。何故、ロビンが何も言わずにカエターンに従っているのか……疑問は浮かんでもゆっくり考える時間を与えてはくれない。

 二人きりとなった北の塔で、檻の向こう側でエターンが続ける。

「……長く、オティーリエ王女の嫁ぎ先は、王とその側近にしか知らされていなかった。それがまさか……今や姿を消し、半ば伝説のように語られるエルフ族の元へにいたとは。しかも男の子を生んでいるという」
「誰からそれを……」
「オリヴェル王子。十年前に毒薬自殺をした元、王太子殿下だ」

 母さまの弟。僕の叔父にあたる方だ。
 あと数ヶ月で王位を継ぐという時に急死された。国民には病死として伝えられているが、その実は毒薬自殺だという。それをアランたちは疑っていた。
 誰かが、毒を盛ったのではないかと。

 まさかそれは、この目の前にいるカエターンなのか。

 言葉を失っている僕に、男は続ける。

「オレクサンドル国王陛下は穏やかな、争いを好まぬ王と言われているが、その王太子殿下オリヴェルはさらに輪をかけて気の優しい男だった。周囲の者たちは平和的な王子だと言っていたが違う、あれは王の器ではない小心者だ」

 確かオリヴェル王太子が亡くなられたのは二十三の時。
 当時、カエターンは十八歳で成人したばかりの頃だったはず。

 今でも覚えている。
 マイナ村で魔物を倒しに行くのだと出発して行った小隊の中に、馬上のカエターンとアーシュがいた。その後で、カサルの町に到着した時、街中を凱旋する二人を見た。

 あの時はまだ、僕が王家と繋がりがあるなんて知らなかった。
 けれど馬上の姿を見て、金の髪と青い瞳に、母さまの色だと思った記憶がある。

 僕の中の記憶の欠片が、カチリカチリと音立てるようにして繋がっていく。

「オリヴェルは変わり者で……五歳も年下のこの私を好きなのだと言った。二十歳を過ぎても王位を継がず妃となる者を定めずにいたのは、この私への恋心ゆえだと」

 オリヴェル王太子は人間族だ。エルフの血を持つ僕のように、同性でも命を生み出すような奇跡の力はない。王位を継ぐならば、必ず世継ぎを生み出す妃の存在がいる。
 彼はカエターンへの想いから、王位を継がずにいたというのか。

「……そして、この国を未来を支える者は他にいるのだと……姉、オティーリエの子が精霊の加護を受け、いずれ玉座を手にするのだと言った。オリヴェルは自分が王になれぬと知っていたのだ」

 精霊の加護を受けたオティーリエの子――僕、だ。

「だから私は言ったのだ。私への想いが真実なら、これを飲んでみせろと」
「……まさか……」
「誰も手にすることのできない……この国でたった一人にだけ許された大いなる存在――国王。その玉座よりも愛を選ぶという愚かな男に……用はない」
「オリヴェル王子を殺したのか!」
「自殺だ。自ら飲んだのだからな」

 クックッと、喉の奥を鳴らして嗤う。
 僕は両手首に繋がった鎖を鳴らして身じろぎする。

「理由もちょうどいいい具合に見繕えた。都合よく、エルフの森が滅んでくれたのだからな」
「まさか森を襲ったのも……母さまと父さまと……皆を殺していったのも……」
「盗賊らの仕事は、少々雑なのだけが困りものだ」

 光の影になってカエターンの表情は分からない。
 でもきっと、声と同じく嗤いをかみ殺しているに違いない。

「オリヴェルが亡くなり、オティーリエとその子も亡くなったなら王位を継ぐ者は我が父、そしてこの私だ。十年前のあの日、その亡骸を確認するため、わざわざ飛竜を乗り継いでまで辺境のエルフの森まで向かったというのに、精霊たちが全て隠してしまった」

 僕がアランと徒歩で原野を渡っている間に、奪ったレオの亡骸を王都に運び、カエターンたちはエルフの森を目指してきた。表向きは魔物退治ということで。
 あの時のことが、まるで昨日のことに思い出される。

 僕らと入れ違いでマイナ村を発った貴族の小隊を見送りながら、アランは腑に落ちない顔で僕に訊いてきた。「樹々や草花たちは、この辺りに凶悪な魔物がいると知らせているか?」と。
 僕が草木の精霊たちの声を聞くことができると知って、確認したんだ。

 あの時……確か僕が答えたのは、「アランが倒せないような魔物はいない」だ。

 当時、十六歳の、ツィリルランクの冒険者が倒せるような魔物しかいない場所に、貴族の小隊が行くのはおかしい。
 アランはその違和感に気づいていた。
 だから小隊について行って魔物退治はせず、僕らはカサルの町に向かった。

 カチリ、カチリ、と起きた出来事の欠片が合わさり、真実が姿を現す。

「国王陛下が無駄な時間稼ぎをしなければ、もっと早く私が王位を継いでいたというのに。まぁ……でも、悪いことばかりではなかった。我が目をかいくぐり生き延びていたオティーリエの子が、このように美しく育つとは思わなかったからな」

 僕は怒りを押し殺しながら問う。

「ひとつ、教えろ」
「何だ? 今は気分がいい、答えてやる」
「お前と繋がっている盗賊の頭の名は?」

 ふん、とカエターンが鼻を鳴らす。

「そんなことを聞いてどうする?」
「エルフの森で暮らしていたのは魔法に秀でた者たちばかりだった。父さまも長老も、精霊の加護を受けていた。けれど森の結界は破られ、盗賊らは村を襲った」
「なるほど」

 自分たちの力を凌駕りょうがした相手を知りたいのだと言う僕に、カエターンは答える。

類稀たぐいまれなる魔石の使い手にして毒薬や呪術の技を持つ、表向きは奴隷商をしている男――名を、ズビシェクと言ったな」

 ズビシェク。
 アクファリ王国のマテリキス陛下が、別れ際に忠告した者の名前だ。
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