222 / 281
第六章 死を許さない呪い
222 トリガー
しおりを挟むすっ、とアランが瞳を細める。
そして静かに微笑み返した。
「大丈夫だ。ガラにもなく緊張しているのかな。何て言ったって、サシャの祖父ちゃんだ。これからお孫さんを嫁に下さいって言うんだから」
「嫁……」
「あー違うか、婿にしてくださいか」
「僕がお嫁さん役なの?」
「ドレスが似合いそうなのはサシャの方だろ? それとも俺にひらひらのドレスを着れというのか?」
おどけて言って見せる。
僕は口を尖らせて言い返した。
「僕だってドレスは着ないよ」
「着せたいな。きっと似合うだろうなぁ。ドレスだけじゃなく、どんな格好だってサシャには似合うだろうけど」
じっと詰める僕に、アランは優しく頭を撫でて言った。
「国王陛下にお会いするのはこれが初めてだ」
「そうだね。僕がこの城に来た時は、陛下の部屋の前までしか行くことができなかった。成人の祝いの時は、陛下か退場してからアラン達が来たよね。あの日、どうして遅れたの?」
そういうことには時間をきっちり守るのに。
アランは、「あぁ……」と言葉を濁してから答える。
「王都に向かう道の途中で突風が吹いてさ、近くの村の橋が壊れちまったんだよ。人も川に流されて」
「川に!? 流された人は大丈夫だったの?」
「幸い、俺と師匠らが通りかかったタイミングだったから、無事救助できた。橋も簡易的に補修して。すまないな、お前の祝いに間に合わなくて」
僕はふるふると首を横に振る。
「いいんだ。人の命の方が大切だもの。良かった、アラン達がちょうどよく通りかかってくれて」
「お前ならそう言ってれると思ったよ」
そう言って軽く額にキスをする。
ちょうどそのタイミングで、国王陛下の馬車が城に到着したと報せが入った。
「僕、陛下をお迎えに行くね」
「ああ、俺はここで待っている」
きゅ、と胸のそばで互いに手を握り合い別れる。
僕は呼びに来た従者に促され、アーシュと合流して城の入り口へと向かった。
城内はいつも以上にあわただしさを増している。何て言ったって、これから陛下とアランが会って、僕の婚姻についてお話になるんだ。それはこの国の未来に関わることでもある。
立ち会うのは城に仕える貴族や神官、王国の騎士たち。
ある意味、側近の人たちということになる。
「陛下はこちらに向かう中で、何か仰っていましたか?」
先触れの従者にたずねた。
馬車の中で何か特別なことを話されていたかと。けれど陛下はいつも通りでいらしたと、従者の答えに僕もみょうに緊張してしまう。
隣に付き従うアーシュが、「大丈夫ですよ」と声をかけて来た。
「うん、何も心配ないと思う。けど、やっぱりちょっと緊張しちゃう」
城の扉が開かれ、エントランスの階段を下りて入り口につく馬車を迎える。
四頭立ての王家の紋章が入った馬車が到着し、僕らの前につけられた。馬車のドアが開くのに合わせて僕らは頭を下げる。一時はベッドから起きることもできなかった陛下は、この六年で健康を取り戻し、国内の視察もできるようになった。
今も杖をつきながらではあっても、しっかりとした足取りでお立ちになっている。
「お帰りなさいませ、国王陛下」
「うむ」
陛下の声に合わせて顔を上げる。
少し褪めた金色を肩の下でゆるく一つにまとめ、理知的な顔立ちの、母さまと同じ淡い瞳が僕を見つめる。僕も背を伸ばして、陛下を――お祖父さまを見つめ返した。
「精霊が、さわいでおるな……」
その一言に、僕の胸がドキリと鳴った。
◆
背が……焼けるように痛い。
俺は静かに深呼吸を繰り返し、平静を保とうと意識を集中させた。
もうすぐサシャの祖父――バラーシュ王国の王、オレクサンドル国王陛下との謁見が始まるんだ。こんな痛みに意識を奪われている場合じゃない。
それなのに……。
「くそっ、何だってこんな時に……」
瞼を閉じると、奴隷として過ごした景色が浮かぶ。
暗い冷たい部屋に、鎖の音。
吊り上げられた両腕は鎖で繋がれ、暗い天井まで続いている。地下に備えられたお仕置き部屋だ。どれほど助けを呼んでも絶対に声は届かない、絶望の部屋……。
湿っぽくて、黴と血と肉の、腐ったような匂い。
目の前に捨てられていく仲間の死体。
助けを求める囁き声。
俺は自由を奪われたまま、背に鞭を受け続ける。
『九番……』
低く笑う男が、俺の髪を鷲掴みにしながら囁く。
髭面の男の臭い息が、耳元から頬をかすめる。
『お前は……俺の言うことだけを聞いていればいいんだ』
これは幻覚だ。幻聴だ。
その証拠に今、あいつの匂いはしない。
だというのに、今ここにあいつが居るかのように錯覚する。
『言え。お前の持ち主は誰だ?』
鞭を打ち続け、背中に冷たい液を垂らす。
人の意思と正気を失わせる毒薬だ。焼けるほどの痛みに頭がおかしくなる。
『九番……お前は誰の命令に従う?」
『ズ……ビシェ、ク……。ズビシェク……』
『忘れるな。お前はただの奴隷だ』
くくっ……と喉の奥で嗤う嫌な声。
だが、俺はその声に抵抗できない。
『聞け、これよりお前の獣人としての能力と記憶を封じる。この封印が解かれる時、お前は俺の命令を果たすのだ……トリガーは、獲物が目の前に現れた時』
陛下ご入場の声が響き渡る。
段上の玉座に厳かに進むのは、金の髪と水色の瞳の、威厳あるお人――オレクサンドル国王。そのすぐ後ろにサシャが続く。
昼の光が降り注ぐ玉座の間に居ながら、俺の視界が砂嵐のように霞んでいく。
封印が解かれる。
記憶の底に押し込まれ、俺自身が忘れていた呪いが発動する。
ズビシェクの命令が俺を突き動かす。
――王を、殺せ。
12
お気に入りに追加
361
あなたにおすすめの小説


番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる