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第六章 死を許さない呪い
218 話がしたい
しおりを挟む城の廊下は窓からの午後の日差しの中で、眩しいほどだった。
扉の前には衛兵が立ち、時折使用人が行き来するほか、人の気配は多くない。そんな穏やかな城の中にあって、僕はきゅっと唇を噛み締めた。
いつも僕ににこやかな表情を向けていた貴族たちも、心の中ではあんなふうに思っていたのだと。知って精一杯の反論をしたが、覆すことはできなかった。
アランがぽんぽんと優しく僕の頭をたたく。
「そう落ち込むなって」
「……でも! アランやアーシュに対して……あんな、ひどいこと……」
「あの程度の言葉は想定内だ」
全然、気にもしていないと声で言う。
僕は顔を上げてアランを見た。
「むしろ城への出入りを禁止されなかっただけ、ラッキーじゃねぇか。側室だろうが何だろうが、お前の側に居られるなら何とでもできる」
「アラン……」
「この国で一番偉いのは、国王陛下と精霊たちだろ? 頭さえおさえとけば、雑魚の言うことなんか気にする必要無はない」
「……雑魚」
思わずアーシュが苦笑した。
確かに、国王陛下であるお祖父さまの言葉は絶対だ。どれだけ周囲の貴族や神官たちが口煩く言ったとしても、誰も王の言葉には逆らえない。
そしてそれは、精霊たちに対しても同じだ。
彼らは滅多に無理を言わない代わり、これと約束したことを破ったり、世界の理から外れるようなことをすれば、とても厳しい呪いを課してくる。
逆に理に沿うものたちには祝福や加護を与える。
アーシュは息をついてから、ぽつりと呟いた。
「アラン殿はお強い」
「強いというより図太いんだよ俺は。冒険者なんてもんは、どんな相手とも渡り合って行かなきゃならないからな」
口の端を上げて笑う。
彼のこの明るさや精神力の強さに、僕は何度も救われてきた。やっぱり僕が将来共にありたいと願うのは、アランなんだ。
改めてそう思うのなら、僕はもう一つきちんと伝えなければならないことがある。
「お願いがあるんだ」
僕は二人に改めて顔を向けた。
「少し、アーシュと二人きりで話がしたい」
一瞬、空気が張り詰める。
けれど僕の真剣な声表情に、アランはふっと微笑んだ。
「分かった」
そう言うと、アランは僕らから離れた廊下の向こう側の窓辺に向かい、柱にもたれて立った。
アランの獣人としての聴力は、このぐらいの距離なら聞こえてしまうだろう。それでも口出しできない程度に離れてくれたことで、僕はアーシュに向き直った。
「アーシュにも嫌な思いさせたよね」
「私のことはお気になさらず。むしろ、殿下の方こそお辛かったでしょう」
そう言って静かに微笑む。
僕は視線を落とし軽く首を横に振ってから、アーシュを見上げた。
「アーシュに伝えなければならないことがあるんだ」
僕の言葉に、表情一つ変えず見つめ返す。
覚悟を決めた青い瞳から視線をそらさず、僕は言った。
「僕は、アーシュが向けてくれた同じ気持ちを、返すことができない」
伴侶にと。アーシュが望む同じ気持ちは返せない。
僕はアランを選んだ。
この気持ちはもう、変えられない。
アーシュの沈黙は長く、それでも僕から視線を外すことなく見つめ続け、やがてゆっくりと頷いた。
「お返事をくださり、ありがとうございます」
アーシュは強い。
僕は真実を確かめるのが怖くてアランから逃げたのに、アーシュはちゃんと向き合って受け入れる。どれほど悲しくても、現実を受け止める。
強くて優しい守護者だ。
「ごめんね」
「謝る必要はありません。心偽らず、伝えて頂けたことは嬉しく思います」
うん、謝るのは違う。
謝って許されたいと思うなんて、違う。
僕は……アーシュにどんな言葉をかければいいだろう。
決して、彼のことが嫌いなわけじゃないんだ。アランのようには愛せなくても、信頼していることには変わりない。
それこそ、家族のように……。
家族。
……あぁ、そうか。
僕はアーシュを、そんなふうに感じていたのか。
「アーシュ……アーシュはこれから、何を望む?」
「何を、とは?」
上手く言えなくて言葉を探す。
「えーっと、その、これからも僕の守護者を続けるのか。それとも……もう、別のことをやりたいか。もし精霊たちがダメだって言うことなら、僕が説得する」
アーシュの望む人生を生きて欲しい。
伴侶に、という願いに応えられなかったのだから、次に望むものがあれば力の限りできることをする。
そんな気持ちで見上げる僕に、アーシュは少し寂しそうに微笑んだ。
「私の望みは、殿下の守護です。今までも、これからも」
「アーシュ……」
「ですが私より強い守護者が現れました。私の役目は、もう終わりでしょう」
アランに負けたから。だからもう自分は要らないかと呟くアーシュに、僕は首を横に振った。
「そんなこと無い。アーシュがいてくれると心強い」
「本当に? アラン殿がいるのですよ」
「アランに対する気持ちと、アーシュに対するものは違うよ」
違う。けれど大切に思う気持ちは同じだ。
信頼している。幸せを願っている。この気持ちをどうやって表せばいいのどろう。
僕は真っ直ぐ見上げたままで言う。
「家族のように思っているんだ」
どんな時も僕の身を心配して見守ってくれた。道を示し、貴族や神官たちの、心無い言葉の盾にもなってくれていたんだ。
まるで、本物の兄のように。
アーシュが、「家族……」と呟く。
「そうだよ。ねぇ、アーシュのこと、お兄さまと呼んでもいい?」
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