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第六章 死を許さない呪い

219 お兄さま

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 アーシュが大きく目を見開いた
 戸惑いと、困惑で言葉が詰まっている。

「今……なんと?」
「え、その……だから、お兄さまと……呼んでもいい?」

 余計なことだっただろうか。こんなに馴れ馴れしいのは、やっぱり嫌かな。
 でも口に出してみると、すごくしっくりくる。

 精霊に誓いを立ててまで、僕のために尽くしてくれた。いつもずっと側にいて、成長を見守ってくれていたんだ。
 おおやけの場では今まで通り、王太子とその守護者になるけれど、プライベートな場ならアーシュを兄と呼んでいいだろうか。

 ちらりと、廊下の向こう側でこちらを見ているアランに視線を向ける。
 僕の言動を止めようとする素振りはない。
 アランもきっと……許してくれると……。

「先代国王――僕の曽祖父とアーシュの祖父は同じ人でしょう? 血の繋がりはあるんだ。どちらかというと兄というよりは叔父と甥の関係だけれど、僕とアーシュは三歳しか年が違わないし……」
「殿下……」
「だからやっぱり感覚的に、お兄さまと……」

 真正面に立つアーシュが、僕の両肩に手を置く。
 僕は見上げ真っ直ぐに見つめ返した。
 アーシュが真剣な声で問う。

「もう一度呼んで頂けますか?」
「え? あ、その……アーシュお兄さま?」

 こてり、と首を傾げて名前を呼ぶ。
 アーシュは、くっ……と何かを堪えるように顔を反らしてから、突然僕を抱きしめた。

「お可愛らしい!」
「わぁ!」
 
 驚いた僕は思わず声を上げてしまう。
 抱きしめながら、アーシュは喜びを隠せないというような声で問いかけてきた。

「もちろんかまいませんとも。私も殿下を実の弟のように、〝サシャ〟とお呼びしてよろしいですか?」
「うん、もちろん……だよ」

 抱きしめられながら答えると、遠くで様子を見ていたアランが駆けつけてきた。

「お前っ! なに、サシャに抱きついてるんだよ!」
「サシャは私を兄とお認め下さったのです。兄弟の抱擁になんらおかしなことはありません」
「兄って……」
「ああ、そうですね。番の兄にもなるのですから、婿殿にも〝アーシュお義兄様〟と呼んでいただきましょう」
「はぁ!?」

 今まで聞いたことのないような声を出す。

「お前は俺より歳下だろう!」
「ええ、確か五歳ほど私の方が若くございます。それでも婚姻相手の兄ならば、どちらが年下かなど関係ないのでは?」

 そう言って僕に同意を求めてくる。
 アーシュの言う通り、ということになるだろうか。僕は、こくりと頷いた。

「あぁぁあ!」

 厄介な依頼を引き受けてしまった時のように、アランが髪を掻く。そんな様子を見て、アーシュは口元をほころばせた。
 圧倒的な強さの前に完敗したアーシュの、ささやかな反撃だ。僕も思わず肩を震わせて笑う。
 番のお願いを拒否することのできないアランは、不貞腐れたような顔で口をとがらせてしまった。拗ねるアランなんて貴重だよ。

 ひとしきり笑いを堪えたアーシュが、抱擁を解いて僕の前に立った。

「サシャ、あなたはやはり素敵な方です。アラン殿が現れた今、私など捨て置いてもいいというのに新たなお役目を与え、お側にいることを許して下さった。人の心を知り、寄り添って下さる。王になるに相応しいお方」
「アーシュ……」
「これからも、私の命ある限りお側に仕えます」

 そう言って片膝をつき、僕の指先にキスをする。
 見上げたアーシュの微笑みは、今までにないほど晴れやかなものだった。

「さて、我が弟の願いを果たすため、国王陛下がお戻りになるまでの間にするべき事はたくさんあります。先ずは一人でも多く賛同者を集めなければ」
「根回しだな」

 アランの言葉に、アーシュは「ええ」と強く頷く。

「陛下と王妃の一件を知っている者ならば、表立って反対はなさらないはず。それをあそこまで強く意見するということは、サシャの王位継承に否定的な輩が糸を引いているのかもしれません」
「否定的なだけならいいが……」
「手出しなどさせませんよ」

 アーシュが強い声で呟く。
 アランも腕を組みながら頷いた。
 この二人が力を合わせてなら、どれほど強大な敵も敵わないに違いない。

「お兄さま……」
「大丈夫です、サシャ。すべては私とアラン殿にお任せを」

 そう言って、「ではまた夕食時に」とその場を後にしていく。その背を見送ってから、僕はアランに顔をを向けた。
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