217 / 281
第六章 死を許さない呪い
217 これだけは譲らない
しおりを挟む側室――それは王妃にはなれない者たちが、王に囲われて暮らす場所。
王妃に子が無かった場合のみ、子に王位継承の可能性が生まれるというだけで、その存在はただ王の寵愛を受けるだけのもの。
側妃、寵妃。
言い方はいろいろあるけれど、要するに愛人、男妾だ。
アランは……Aのランクまで上り詰めた、冒険者の中でも多くの人たちに尊敬される英雄だ。自分の剣の腕だけで多くの魔物を屠り人々を助けて来た。
命を懸けて戦って来たんだ。
僕のようにただ親が王族だったというだけで、かしずかれるような者とは違う。
この国には無くてはならない素晴らしい人。
それなのに……。
「アランを囲うなど……類稀なる才能を持ったAの冒険者に対し、敬意の念を抱くお心は無いのですか?」
僕がこれほど怒ったことは無いだろう。
数人の神官や貴族たちが、まずいという表情で互いに顔を見合わせる。一人が苦笑いを浮かべながら僕に言った。
「長い間、厳しい修行に耐え、この国で五人目となるランクを取得したことは素晴らしい。ですがそれは国王と王国に仕える者であるからこそ、許されること。伴侶とは、限りなく同等の立場である者なのです」
「その通りです。だから伴侶にと」
「彼の者は、殿下と同等の立場になることはできませぬ」
「何故です」
一歩も引かない。
僕の様子に神官はため息をついた。
「卑しき生まれ者を、王と同等の立場に置いてはなりません」
神官や貴族たちも引かない。
何があっても、アランを伴侶にさせないつもりだ。
「殿下、同じことを繰り返していてもらちが明きませぬ。我々は精一杯の譲歩をしているのです。本来ならば側室であっても、それなりの血筋の者でなければ許せぬお話。殿下がどうしてもとおっしゃるので、このようにご説明申し上げている」
宰相の言葉に、隣の貴族も深く頷く。
「良いではありませんか。囲えば好きな時にお相手をさせることができましょう。殿下はお若いのですから、想いを止めることができないのも承知しております。それとは別に王妃としてのお役目は、確かな血筋の者に任せればよい」
「是非にと申し出ている王女は、両手に余るほどおりますぞ」
「うむ。王妃との間に世継ぎさえお作りになれば、我らとてうるさく口出しはいたしませぬ」
「諸国の王に嘲笑されるような伴侶だけは、お選び下さるな」
言葉を失う。嘲笑されるような伴侶とは何だ。
僕の大切な人に対して、モノのように扱うつもりか……。
宰相が続ける。
「それ、隣に座るザハリアーシュ殿でもかまいませぬ。国王陛下の弟君を父に持つ公爵令息ならば、諸国の王女にも見劣りするまい」
急に話を振られ、アーシュが視線を向けた。
「ザハリアーシュ殿、貴殿はサシャ殿下がこの城に来た時より、ずっと守護を務めておられる。殿下の事ならば誰よりもよくわかっているであろう?」
「はい……」
「ならば殿下の伴侶になること、何ら不都合ないな?」
「私は――」
アーシュが言いよどむ。
彼の気持ちはよく知っている。何度となく伴侶にと、告白を受けてきたんだ。そして結果的に僕は、その申し出を退けることになった。
想いが叶わない辛さや悲しみを、僕は知っている。
「私は、サシャ王太子殿下の望みに添う者です」
静かに、そうアーシュは答えた。
僕の願いに従うと。
アランはじっとこの場の様子を見つめたまま、身動き一つなく耐えている。
僕は深く息を吐いた。
「僕は……故郷の森を焼け出される際、母さま――オティーリエ王女からの言葉を継いでいます。生き延びて、そして心から愛する人を見つけるのだと。国王陛下からも、心から愛する者と結ばれることを願うと、お言葉を頂きました」
母さまも、お祖父さまも、身分や血筋の話は一度としてしていなかった。
心から愛する人と幸せになる、ただそれだけを願っていた。そんな母さまとお祖父さまの願いを、大切にしたい。
「僕は誰よりも、母さまと国王陛下の言葉を、重んじたく思います」
どれほどの言葉で責められようと、これだけは譲らない。
アーシュの強い願いを退けたのだから、アランが拒絶しない限り、この想いは貫く。たとえ貴族社会を何も知らない愚かな王子と言われようと、僕は自分の想いに責任を持ちたいと思う。
ずっと発言無く、会議の場を見守っていたホレス・アストリー宮中伯が席を立って、一同を見渡した。
「皆様、殿下の決意は強いようです」
「ホレス卿、ここで説得せねば。戴冠式までもう二ヶ月あまりしかないのですぞ」
「さようです。ですがこの件に関して、殿下のお心は揺らぎませぬ。今は国王陛下が城を留守にしておいでです。ここは陛下のお戻りを待ち、ご意見をお伺いしてからでもよいのではありませんか?」
もう一度ぐるりと見渡し、僕の方へと顔を向ける。
「殿下はオティーリエ王女の遺言に従い、陛下のお望みにも添うようお考えになってのことです。身分や血筋も十分に理解した上で、アラン殿のお人柄を見て、お選びになったのでありましょう。違いますか?」
「ホレス殿の言葉どおりです」
微笑みながら言う宮宰の言葉に、僕は頷いた。
「でありましたなら国王陛下にお言葉を頂くまで、話し合いは一時休止といたしましょう」
それを閉めの合図として、僕とアラン、そしてアーシュは会議の場を出た。
2
お気に入りに追加
361
あなたにおすすめの小説


番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる