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第六章 死を許さない呪い

202 忠告

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 頬にマテリキス王の手のひらの温かさを感じながら、僕はきょとんとした顔で見つめ返した。王は深緑の瞳で僕を真っ直ぐ見つめたまま、視線を外さない。

 何か、心の奥底を覗き込まれているような瞳。
 けれど不思議と恐怖心は湧かない。
 少しの間、互いに見つめ合っていると、王は「ふふふ」と声を出して笑い、瞳を細めてから手を離した。

「あなたを守る冒険者や騎士は、気が気ではないでしょうね」

 首を傾げる僕に、王は悪戯っぽい笑みのままで背を伸ばす。

「一度気を許すととことん無防備になる。世の中には、あなたの気を引きたいだけの者もいるのです。もう少し警戒心を持っていただいてもよい」
「マテリキス陛下は悪い人ではありません。精霊たちはあなたを警戒していない」

 僕は真っ直ぐ視線を向けたまま答えた。
 今度は王が少し驚いたように深緑の瞳を見開いてから、一呼吸おいて「そうでした」と呟く。

「あなたは多くの人が失ってしまった、〝精霊の声を聞く〟特別な力をもっている。あまねく精霊たちの加護を受けた愛し子でした」

 特別な力。
 確かに珍しい力かもしれないけれど、僕だけが持つものではない。

「陛下、精霊なら何でも声が聞こえるわけではありません。僕は主に、樹々や草花の精霊たちの声だけです。アーシュ――ザハリアーシュのご友人、ハヴェル殿は風の精霊の声を、国王陛下は更に多くの声を耳できるようです。神殿にも声を聞くことのできる神官たちがいます。僕だけの特別な力ではありません」
「なるほど」

 マテリキス王は頷く。

「ではバラーシュ王国がこれほど栄えているのは、精霊たちに愛されているからなのですね。我が国も精霊たちに愛されるよう努めなければ」
「大丈夫です。陛下も精霊たちにとても好かれています!」

 ぐっ、と拳を握って言うと、王はまた声を上げて笑った。

「ありがとう。楽しい時間を過ごさせてもらった」

 王の言葉に合わせるように、故国に出発する馬車の用意ができたと、従者が姿を現して声をかけてきた。立ち上がる王にならって僕もベンチから立ち上がる。
 そのまま王城の玄関口まで、僕は並んで歩き見送った。

「次にお会いできるのは、サシャ王太子殿下の戴冠式ですね」
「はい……三ヶ月ほど先でしょうか」
「きっとあっという間です。それまでの間、どうぞ健やかにお過ごしください」

 アクファリ王国の紋章が入った六頭立ての馬車に乗り込む前に、陛下はもう一度振り向いた。その顔が、少し真剣なものになる。

「もう一つ大切なことを伝えておかなければ。近年、質の悪い奴隷商の活動が活発化しています。法の目をくぐり、諸国を渡り歩いて捕縛の手から逃げ延びている」

 奴隷商。その言葉に僕の心臓が跳ねる。

「――ズビシェク。この名前を耳にしたなら警戒を」
「ズビシェク」

 今まで耳にしたことは無い。それでも何故か心がざわつく忘れてはならない名前だと、僕は気を引き締め繰り返した。
 頷いた陛下に「お元気で」と声をかける。
 僕と付き添う従者らは、王城を後にする馬車を見送った。




 それから数日後、変わらず慌ただしい日々を過ごしていた。
 式典の後でも成人の祝いの挨拶をする貴族や商人たちと謁見し、間もなく学園を卒業するための論文をまとめ、神殿で王族の儀式を務める。
 その合間に剣や馬術の訓練と、諸国の情勢に関する講義が入る。

 戴冠式は、成人の祝いとは比べものにならないほど盛大な、国を挙げての式典だ。
 先日は大使を招いての式も、今度は各国の国王、女王らを招く。
 今までは王太子として接していた僕は、その日からバラーシュ王国の全責任を担う王として立ち振る舞わなければならないんだ。
 王城で暮らし始めたこの六年は、その為の準備だ。

 できることは何でもしてきた。それでも……僕の隣に立ち、どんな時も見守ってくれる存在の大切さを、今更ながらに痛感する。

「殿下……」

 寝間着に着替えている所に、夜の挨拶に訪れたアーシュが僕に声をかけて来た。

「先日ご命令頂いておりましたアラン・カサルを、明日の午後、王城に召喚いたします」
「アーシュ」
「お時間は三十分程。宰相、神官と共に、私も同席いたします」

 やはり二人きりで会うことは叶わないか。
 もう僕は、身分の無い平民の「サシャ」ではない。

「かわった」

 答える僕の寝間着に手を伸ばし、まだ止めていなかった襟元のボタンをはめていく。

「やっと……あざが薄くなりました」
「うん……」

 成人の祝いの夜、アーシュが首元につけたキスの痕。
 痣はやがて消えてしまうだろうけれど、あの夜の出来事は記憶から消えたりしない。そしてこの曖昧な状態を終わらせる、覚悟を決める時が来たんだ。
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