冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第六章 死を許さない呪い

200 執着

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「殿下……」

 呟いて、深く息を吐いて瞼を閉じると、僕から顔を背け動きを止めた。

 心の葛藤かっとうと戦うように、唇を噛みしめ眉間に皺を寄せる。そして顔を背けたまま倒れ込むように僕の上に重なった。
 今度はそっと、僕を抱く。
 もう強引にキスしようとはしない。押し退けようと思えばいつでも押し退けられる程度の力に、僕も緊張を解いて息を吐いた。

「……怖いのです……」

 多くの人の憧れであり、王族に次ぐ地位と権力を持ち、どんな魔物にも恐れること無く戦い挑む騎士が震える声で呟く。

「あなたが、どこかに行ってしまいそうで……」
「僕は……」

 自由になった手で、僕はアーシュの髪を撫でた。
 彼をここまで追い詰めたのは、僕がずっと曖昧な態度でいたからだ。

「僕は……この王城以外に、行くところなんて無いよ」

 僕に帰るところはない。
 どれほどアランを想ったとしても、僕が生きていく場所はここしかないんだ。そう思い口にしても、アーシュの不安は消えない。

 体を起こし、僕を見降ろす。
 薄暗い部屋の乏しい明かりの中で、彼の青い瞳は頼りなげに揺れていた。

「それでも……あなたをさらおうとする者はいる」

 誰が……と、あえて聞いたりはしない。
 心の奥底では、さらって欲しいという気持ちも、確かにあるんだ。

「あなたは玉座に執着していない。今は国王と精霊たちが望んでいるからここに居るだけで、自分より相応しいと思う者が現れたなら、あなたは王の座を譲るでしょう」
「僕は……」
「民を思う気持ちは本物で、そのために多くの努力を費やしてきたことも知っています。それでも……心から王となることを欲してはいない。私は……あなたが王となるからお守りしているわけではありません」

 乱れた僕の髪を直して、アーシュは言う。

「あなたに心を奪われたから」

 呟いて、アーシュは僕から離れた。
 ベッドを下り、「無礼をはたらきました」と囁く。僕は上半身を起こして、部屋から出て行こうとするアーシュを見つめた。
 立ち止まることなくドアを開ける。
 開いた扉の前で待っていた従者のロビンが、息をつめた顔でアーシュを見つめ、そして僕へと顔を向けて駆け寄った。直ぐに赤くなった僕の両手首に目を止めて、言葉を失う。

 僕は部屋を出るアーシュを呼び止めた。

「ザハリアーシュ、アラン・カサルを王城に召喚して。話がしたい」

 立ち止まったアーシュが、僕の方に振りむく。
 瞳を細め、一呼吸おいてから「かしこまりました」と答え部屋を出ていった。

「殿下……」
「大丈夫だよ」

 心配そうな声で呼びかけるロビンに、僕は薄く笑って見せる。
 いろんなことが一度に起り過ぎた。けれど現実から目を背けたままではいられない。ロビンは冷やした布を用意して、僕に差し出した。

「……殿下、首元にアザが残っております。どうぞこれで冷やしてください」

 言われて見てみると、鎖骨の下あたりにアーシュが残した痕が浮かんでいた。




 翌日、朝の食事を終えた後に、昨日約束していたアクファリ王国のマテリキス王との会談の場が設けられた。
 これは非公式なもので、僕とふたりきりで話がしたいと王が望んだものだ。そのこともあって場所は室内ではなく、僕がよく散歩する、王城の中庭の四阿あずまやに席を用意した。

 四方に柱と屋根だけを備えた四阿は、よく手入れされた庭の中の隠れ家のような場所だ。今は亡き母さまも大好きな場所で、幼い頃はよくここで遊んでいたのだという。
 今は修繕もされ、四阿の形は当時と同じというわけでは無くても、この場所に流れる風と初夏の陽射しは変わらないと思う。

 四阿に備え付けられたのは、ゆったりと座れるベンチにクッションをいくつか。簡易テーブルには食後ということもあって軽いデザートやお菓子にお茶を並べた。
 このぐらいのサーブなら僕でも十分できるから、給仕の者も場を離れてもらった。呼べば直ぐに来てもらえる程度の場所まで。

 マテリキス王は庭の美しさを称賛してから、さて、と話を振って来た。

「周囲の者たちは、サシャ殿下のご伴侶を、ずいぶん気にしておいでのようですね」

 昨日の成人の祝いの後の会食を見てのことだろう。
 先急ぐ貴族やアーシュの対応を、マテリキス王は口を挟むことなく見ていらした。
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