200 / 281
第六章 死を許さない呪い
200 執着
しおりを挟む「殿下……」
呟いて、深く息を吐いて瞼を閉じると、僕から顔を背け動きを止めた。
心の葛藤と戦うように、唇を噛みしめ眉間に皺を寄せる。そして顔を背けたまま倒れ込むように僕の上に重なった。
今度はそっと、僕を抱く。
もう強引にキスしようとはしない。押し退けようと思えばいつでも押し退けられる程度の力に、僕も緊張を解いて息を吐いた。
「……怖いのです……」
多くの人の憧れであり、王族に次ぐ地位と権力を持ち、どんな魔物にも恐れること無く戦い挑む騎士が震える声で呟く。
「あなたが、どこかに行ってしまいそうで……」
「僕は……」
自由になった手で、僕はアーシュの髪を撫でた。
彼をここまで追い詰めたのは、僕がずっと曖昧な態度でいたからだ。
「僕は……この王城以外に、行くところなんて無いよ」
僕に帰るところはない。
どれほどアランを想ったとしても、僕が生きていく場所はここしかないんだ。そう思い口にしても、アーシュの不安は消えない。
体を起こし、僕を見降ろす。
薄暗い部屋の乏しい明かりの中で、彼の青い瞳は頼りなげに揺れていた。
「それでも……あなたをさらおうとする者はいる」
誰が……と、あえて聞いたりはしない。
心の奥底では、さらって欲しいという気持ちも、確かにあるんだ。
「あなたは玉座に執着していない。今は国王と精霊たちが望んでいるからここに居るだけで、自分より相応しいと思う者が現れたなら、あなたは王の座を譲るでしょう」
「僕は……」
「民を思う気持ちは本物で、そのために多くの努力を費やしてきたことも知っています。それでも……心から王となることを欲してはいない。私は……あなたが王となるからお守りしているわけではありません」
乱れた僕の髪を直して、アーシュは言う。
「あなたに心を奪われたから」
呟いて、アーシュは僕から離れた。
ベッドを下り、「無礼をはたらきました」と囁く。僕は上半身を起こして、部屋から出て行こうとするアーシュを見つめた。
立ち止まることなくドアを開ける。
開いた扉の前で待っていた従者のロビンが、息をつめた顔でアーシュを見つめ、そして僕へと顔を向けて駆け寄った。直ぐに赤くなった僕の両手首に目を止めて、言葉を失う。
僕は部屋を出るアーシュを呼び止めた。
「ザハリアーシュ、アラン・カサルを王城に召喚して。話がしたい」
立ち止まったアーシュが、僕の方に振りむく。
瞳を細め、一呼吸おいてから「かしこまりました」と答え部屋を出ていった。
「殿下……」
「大丈夫だよ」
心配そうな声で呼びかけるロビンに、僕は薄く笑って見せる。
いろんなことが一度に起り過ぎた。けれど現実から目を背けたままではいられない。ロビンは冷やした布を用意して、僕に差し出した。
「……殿下、首元にアザが残っております。どうぞこれで冷やしてください」
言われて見てみると、鎖骨の下あたりにアーシュが残した痕が浮かんでいた。
翌日、朝の食事を終えた後に、昨日約束していたアクファリ王国のマテリキス王との会談の場が設けられた。
これは非公式なもので、僕とふたりきりで話がしたいと王が望んだものだ。そのこともあって場所は室内ではなく、僕がよく散歩する、王城の中庭の四阿に席を用意した。
四方に柱と屋根だけを備えた四阿は、よく手入れされた庭の中の隠れ家のような場所だ。今は亡き母さまも大好きな場所で、幼い頃はよくここで遊んでいたのだという。
今は修繕もされ、四阿の形は当時と同じというわけでは無くても、この場所に流れる風と初夏の陽射しは変わらないと思う。
四阿に備え付けられたのは、ゆったりと座れるベンチにクッションをいくつか。簡易テーブルには食後ということもあって軽いデザートやお菓子にお茶を並べた。
このぐらいのサーブなら僕でも十分できるから、給仕の者も場を離れてもらった。呼べば直ぐに来てもらえる程度の場所まで。
マテリキス王は庭の美しさを称賛してから、さて、と話を振って来た。
「周囲の者たちは、サシャ殿下のご伴侶を、ずいぶん気にしておいでのようですね」
昨日の成人の祝いの後の会食を見てのことだろう。
先急ぐ貴族やアーシュの対応を、マテリキス王は口を挟むことなく見ていらした。
3
お気に入りに追加
361
あなたにおすすめの小説


番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる