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第六章 死を許さない呪い

196 僕の婚約者

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 別室に移っての、マテリキス王や大使らとの会食は和やかに進んでいった。
 隣には僕の守護を務めているザハリアーシュことアーシュと、その兄、カエターン殿が並ぶ。

 カエターン殿とお会いするのは本当に久しぶりだ。
 バルツァーレク公爵家第一子長男で、長く王国の一地域を治めていた彼は、僕の成人の祝いに合わせて登城してくれた。そのまま王位継承の儀まで、この城での様々な雑務に携わり、滞りなく儀式を終えられるよう力になってくれるという。

 十年前に、僕の叔父にあたるオリヴェル王太子殿下を、王位継承の儀の直前で喪って以来、ずっとお救いできなかったことに自責の念を抱いているのだと聞いている。
 今回、僕の王位継承が滞りなく進むようにと、あらゆる手を尽くしてくれると聞いて、僕は改めて自分の恵まれた環境を思う。

 僕は王になるにはあまりに未熟で、威厳も無い。
 だからこそ、僕は僕の務めを果たし皆を安心させなければならないと思っている。

 その一つが、将来の伴侶だ。
 今日の成人の儀で発表されると思っていたのだろう人たちは、未だに誰と決めずにいる僕の胸の内を探ろうと、話題が流れていく。

「いやはや、サシャ殿下のお美しさを目にしては、諸国の王女もかすんでしまいますな」
「まだこれといった王女やご令嬢はおらぬと聞いています」
「大使、殿下はエルフ族の血を引いておられるのだ。お相手は女性だけに限らないのですぞ」
「それはなんと」
「おお、聞いております。エルフ族は精霊たち御業みわざにより、性別どころか種族を問わず命を生み出すことができるというのです。そうでございましょう? 殿下」

 伴侶の話題で盛り上がる大使が、僕の方に答えを振って来た。
 僕は、少し困ったような笑顔を浮かべながらも「はい」と答える。

 神殿に残された様々な書物から、幾つもそのような記述が残されている。
 そのせいで、かつて諸国で大規模なエルフ狩りが行われという歴史があるほどだ。今でこそ協定により、そのような行いは厳しく取り締まられているが、僕が王族でなければどこかの奴隷商にでもつかまっていただろう。
 アランが僕の髪を染めてまで、存在を隠して守っていた理由の一つでもある。

「なるほど、でしたらご伴侶は男性ということも」
「ええ、ええ、そうでありましたなら、既にピッタリのお相手がそこに」

 そう言って大使の一人が、僕の隣のアーシュに声をかけた。

「殿下の行方が見つかったその時より、生涯御身をお守りすると、精霊に誓いを立てたと聞いております。それはつまり、そう言うことなのでしょう?」

 含みのある言葉に、アーシュはほほ笑み返す。
 アーシュ自身から何度も、「我が身を伴侶に」との告白を受けている。それをもう少し待って欲しいと先延ばしにしているのは、僕の心が決まらないせいだ。

「確かに、ザハリアーシュ殿は国王陛下の弟君のご子息。血筋としては、貴殿以上のお方はおられぬ」
「魔物討伐の騎士団長も兼任しておられると聞いています」
「たしか王立学園を主席で卒業されたとか。剣の腕ばかりではなく学問にも秀でているのであれば、政治の分野でも心強い」
「何より、お二人が並んで歩くお姿の、なんと神々しいことか」

 うっとりとした声で、大使の一人が呟いた。

「金の髪に青い瞳の聖騎士に導かれた、輝く月を思わせる銀の御髪に神秘的な夜空の瞳の王太子殿下。まるで太陽と月の如く、お二人はお似合いですわ」
「まさに、バラーシュ王国の始祖、英霊ツィリルとスラヴェナの再来のよう」
「お二人がこの国の未来を担うなら、千年先まで安泰でありましょう」
「ご婚約の発表はいつになりますの?」

 アーシュは伴侶として不足はない。それでも、僕の心が決まらない。
 どんどん話が進んでいく状況に、僕は戸惑いながら声を上げる。

「あの――」
「どうぞお待ちください。殿下がお困りでいらっしゃる」

 アーシュが、穏やかな声で言葉を挟んだ。

「殿下はとても奥ゆかしい方でおられます。そして礼節を重んじる。心に決めた者がおられましても、軽く口にはいたしません」
「まぁ……そうですわね」
「なるほど。では、まずは国王陛下にご報告し、ご許可を頂いて上での発表ですな」
「それだけではありません」

 アーシュの説明は続く。

「先程、殿下の養い親でありますアラン・カサル殿が、見事アーモスランクを取得し参上いたしました。彼への恩義もありましょう」
「なるほど! 養い親にもご報告したうえでの公表なのですな」

 大使の一人が深く頷く。
 僕は戸惑いながらアーシュに顔を向けた。アーシュは微笑みながら、僕を見つめ返す。

「殿下はこの国の将来を深くお考えでいらっしゃいます。。ちゃんと理解しておいでです」

 誰が伴侶として一番相応しいか。

 僕は視線を前に戻す。

 今日の今日まで、僕は答えを出さずにいた。そんなワガママを許してもらってきた。
 けれど成人の儀を終えた今、もう、曖昧なままでいられる時間は無い。 

「ええ。伴侶の発表は……近いうちに……」

 そう答えて、食後の飲み物を口にする。
 僕の一言で大使たちは喜びと期待の声を上げ、会食は終わりとなった。

「サシャ王太子殿下」
「マテリキス王陛下?」

 退室の間際、アクファリ王国のマテリキス王が僕にそっと声をかけて来た。

「私は明日、帰国します。その前に二人だけでお話する時間を頂きたい」

 その声の真剣さに、僕は承諾の返事をした。




 その夜、僕はいつも以上に寝付けなかった。

 色々なことがあり過ぎた。
 成人となり多くの人々に祝ってもらっただけではない。アランの再会と、会食での話。周囲の人たちの期待と責任。将来のこと。
 もやもやとした僕の心が、覚悟を決めろと言っている。
 考える時間はたっぷりあったんだ。もう、決断する時が来た。

「僕が……執着を手放せばいいだけなんだ……」

 アランに対しての執着を。
 そう一人、月明かりだけの暗い寝室で横たわりながら呟いて、大きくため息をつく。

 彼は養い親。そして彼にはマロシュという番もいる。悩むまでも無く答えの出ていることだ。それでも……ここまで心が決まらなかった。
 あの腕に抱かれる幸せを、忘れることが出来なくて。

 僕の名を呼んで背を、肩を抱てくれた。

 あの瞬間を思い出すだけで、切なさに胸が張り裂けそうになる。

「アラン……」

 名前を呟く。その時、精霊たちが囁いた。
 彼が来るよ……と。
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