冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第六章 死を許さない呪い

195 待っていた

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 準正装にもなるマントを背に、冒険者の身なりをした大きな姿。
 色あせた、灰色がかった黒い髪。金色に近い茶の瞳は明るく、さらに鋭さを増している。
 深い彫りの目鼻立ちと、真っ直ぐの力強い眉と唇。傷痕。以前もがっしりとした体型だったけれど、衣服の上からでも分かるほどに極限まで鍛えられた姿がある。

 伸びた僕の背よりまだ高い所にある顔がこちらを見つけ、歩み始める。
 二十六歳になった青年。
 その姿を目にした瞬間、僕は走り出していた。

「アラン!」

 僕の声と同時に人垣が開き、彼への道が広がる。
 両手を伸ばす。
 周囲の姿は目に入らず、彼だけを見つめ僕は走る。ホールの中央付近まで歩みを進めていた彼は立ち止まり、真っ直ぐに体を向けた。

 その胸に、僕は勢いよく飛び込んでいく。

 びくともしない力強さ。
 見た目以上にしっかりとした骨格と筋肉を感じながら、僕は背に回した腕に力をこめる。
 少し高い体温と、体や衣服に染み込んだ薬草の匂い。汗。現実だ。夢でも幻でもない、確かな彼が今、僕の目の前に現れたんだ。

「アラン……」

 抱きしめる。

 大きく広い胸に顔を埋めて、僕は腕に力を込めた。
 彼は……されるがままに、戸惑うように動きを止めてから、ひとつ深い呼吸を置いてゆっくりと僕を抱きしめ返した。

「……サシャ」

 耳に心地よい、少しかすれた低い声。
 肩と背中を包む、その手のひらと指の感覚が僕の背中をじんわりとあたため、しみこんでいく。
 覚えている。
 カサルの町で暮らした日々。ぶっきらぼうな笑顔と優しい声。過保護なくらいに僕の世話をした。その懐かしさに、胸が張り裂けそうになる。

 この胸の感覚も、腕も手も、囁く声も僕は何一つ忘れることなく覚えていた。

 アランがもう一度僕の前に現れてくれたんだ。



 ざわざわとした周囲の声が、僕の耳に届き始める。
 それでも彼を抱きしめたままの僕の背に、静かな声がかけられた。

「サシャ王太子殿下」

 抱きしめ返していたアランの腕が解ける。
 そして軽く肩に手を置いたタイミングで、僕はやっと顔を上げた。振り向くそこには、静かな微笑みを向けたアーシュがあった。
 僕は今、大事な式典を終え、来賓者の挨拶を受けていた最中だった。

 一歩、離れる。
 と同時にアーシュが僕の手を取った。

「アラン・カサル殿。そして指導にあたって下さったルボル・クベリーク殿と冒険者、カレル・レイセク殿ですね」
「式典までに馳せ参じることかなわず、お詫び申し上げる」

 ルボルお爺さんが答え、アランと、一歩後ろにいた懐かしい冒険者仲間のカレルさんが、その場に片膝をついてこうべをたれた。
 アーシュに言われて初めて、二人も一緒にいたことに気づくなんて。

「ご報告は受けております。見事、アーモスランクを取得しました冒険者、アラン殿の勇姿をご覧になり、サシャ王太子殿下は大変感激されております」

 左手を取ったまま、アーシュは僕の背を抱くようにして右肩にも手を置いた。
 その指の強さに僕は驚いてアーシュを見上げる。彼の顔は穏やかに微笑んだままだ。

「皆様! ここに参じましたアラン・カサル殿は、殿下が幼少の頃、その身をお守りしていた養い親でございます。名のある冒険者であり、この度アーモスとなって祝いに駆けつけて下さりました!」

 参列者から感嘆と賞賛の声が響く。
 僕は、言葉を挟むタイミングが見つからず、アーシュと周囲を、そして数歩離れた場所で片膝をついたまま頭を下げているアランを見下ろした。

「アラン殿、顔を上げることを許します」

 アーシュの穏やかな声でアランはやっと顔を上げた。
 改めて僕の姿を見て、アランはすっと視線を細める。

「あなたの素晴らしい姿に殿下はお喜びです。アーモスは誉れあるもの、その実力は一つの軍隊を軽くしのぎ、邪竜すら滅ぼすと聞いています。これより多くの活躍をすることで、殿下のお力となれるでしょう。期待しております」
「あの……」
「殿下、そろそろ大使との会食のお時間です」

 僕の耳元に唇を寄せてアーシュが囁く。
 そして顔を上げて周囲の人たちに宣言するように、声を上げた。

「サシャ王太子殿下のお祝いに駆けつけて下さりました皆様に、お礼の言葉を申し上げます!」

 アーシュの声を合図に、王宮従事者や護衛騎士、貴族たちが動き出す。
 僕は背を押されるままにその場から離されていく。アランはただ、片膝をついたままの姿勢で僕を見送るだけだ。
 見上げる僕にアーシュは囁いた。

「またいずれの後、お会いする機会はあるでしょう。今は陛下の名代としての務めを果たされますように」

 僕は視線を前に戻して小さく頷いた。
 アランと交わした言葉は互いの名前だけ。これが今の、僕らの関係なのだと。
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