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第五章 王立学園の王太子

192 マロシュ・ボクが王になるよ

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 この年のバラーシュ王国新年の祝いは、いつになく賑やかに盛り上がった。

 昨年秋に、迷宮での探索訓練で事故に巻き込まれたサシャが無事に回復して、事故の原因となったアクファリ王国のマグノアリ王太子が帰国。お見舞いに訪れたというアクファリ王国の王妃と弟王子とは友好な関係を築き、これからも両国の発展に尽力することが伝えられた。
 この功績によって弟王子は王位を継ぐ王太子となり、兄のマグノアリは船人として国交に当たると噂されている。

「船人って船乗りってこと?」
「アクファリ王国は海に面した国だ。国交は大陸内ばかりではなく、海の向こうの国々ともつながりがある」
「へぇ、船の旅なんて優雅だね」
「そうでもないぞ。マロシュ」

 ボクの呟きに謎の貴族と、奴隷商ズビシェクが代わる代わるに答えた。
 船というのは風が吹けば勝手に動く乗り物なんじゃないのか? 何もしないで好きなところに行けるなんて楽な話じゃないか。

「風なんていつも都合よく吹くわけじゃねぇ。だいたいは船底の奴隷たちが、死に物狂いでかいをこいで進める。船底は狭いし臭いし朝から晩までとなれば体はボロボロだ。屈強な奴隷でも、数年もつかというぐらいにな」
「でも、王族なんでしょ? 船長室で酒でも飲んで寝てるんじゃないの?」
「さて……そうはいくかな」

 呟いたのは謎の貴族だ。
 魔法で顔も声も変えているからどこの誰かは分からない。でもこいつが八年前に、当時の王太子だったオリヴェルに毒を盛り、国王にも病に至る薬草を処方し、モルナシス大森林に隠れ住んでいたエルフ族の集落を襲撃するよう指示した人物だ。

 オティーリエ王女を殺しその子供を奪うようにと、裏で盗賊もしているズビシェクに依頼した者。
 この国の王家を乗っ取ろうとしている黒幕だ。
 どこの誰とは分からないようにしているか、王城での出来事にこれだけ詳しいのだから、城に自由に出入りできる高位貴族なのは間違いない。

「マグノアリはサシャを堕とせなかった。それどころか無礼や暴力をはたらき迷宮を破壊した罪により、二度と国土を踏むことを許されなくなった。つまり、一生船から下りられないということだ。そんな奴が船長室で優雅に酒を飲むことができると思うか?」
「奴隷に交じって船底をはいずり回っているって?」
「そんなところだろう」

 くくく、と男は嗤う。
 ここでの話しぶりから、この男がマグノアリ王子をそそのかし、サシャを手に入れるように言っていたのだと分かる。まぁ……男の期待通りに王子は動かなかったようだけれど。

「最初からヤツは王の器ではなかった。尊大で自分勝手、さらには暴力的。留学先のバラーシュ王国での行いが最後のチャンスだった。それを自ら棒に振ったのだから、それ相応の場所に落ち着いたという所だろう」
「あなたは?」

 僕は明るい小麦色の耳をピンと立てて、ふっくりした尾を揺らして見せる。
 狐系の美しい獣人。
 誰もがボクの姿を見れば虜になる。だというのに邪魔なサシャのせいで、ボクはカサルの町で冒険者の仕事ができなくなった。四年前にあいつが川に落ちた事件の原因を作った者だと噂になったせいだ。
 本当はあいつが落ちた魔石を追って、勝手に川に飛び込んだだけなのに。
 まったくいい迷惑だよ。

 かわいそうなボクは王都に来て仕事を探した。その中で声をかけて来たのが奴隷商ズビシェクだ。
 こいつは裏で散々悪いことをしているみたいだけれど、ボクの能力を正当に評価して、良い扱いをする。だからボクも手を貸してあげているというわけ。
 今、目の前にいる貴族のように、取引相手もまぁまぁ金持ちばかりだしね。

「あなたは、王の器なの?」

 ふふふ、と瞳を細めてボクは笑う。
 八年前に王位簒奪さんだつを計画しながら未だに玉座を奪えずににいる。一度は病床にあったオレクサンドル国王も回復して、今はサシャの成人で王位を継承するまで頑張るようだ。
 この男だって、マグノアリを見下せないんじゃないか。

 男は鼻で嗤ってからゆっくりと立ち上がった。

「サシャはいずれ死刑台に上る。そうなれば玉座は自然と私の前に用意されるだろう。私はただ、その時を待っていればいいだけだ」

 そう言って部屋を出て行った。
 ちらり、と横のズビシェクを見ると同じように鼻で嗤っている。ボクはくねりと腰を揺らして、ズビシェクの膝に乗った。

「ねぇ、あいつ、あんなこと言ってたよ」
「俺は誰が王になろうとかまわねぇ」

 ズビシェクが側にあったグラスを持って、魔石と一緒に赤い酒を飲み干した。庶民では簡単に飲めない高級なワインだ。

「俺はこの国の平和が崩れ、戦に明け暮れるようになればいい」
「そうすれば人がたくさん死んで、奴隷も増えるものね」
「平和なんぞ、退屈すぎる」

 ズビシェクがボクの尻を鷲掴みにした。
 そんな掴み方をしたら感じちゃうのに。ボクは、今でも忘れられないアランを手の感触を思い出そうとする。

「ねぇ、誰が王でもいいなら、ボクを王様にしてよ。サシャよりは面白いと思うよ」
「そうだな」

 王様。
 サイコーだよね。誰もがボクに膝をつくんだ。
 手に入れられない物なんか何もない。
 そうなったらボクはアランを奴隷に戻して、ずっとボクを抱かせよう。ボクのいいなりになったアランと王城の最高級のベッドの上で抱き合うなんて、ステキじゃない?

「マロシュ、今の男の正体はわかるか?」
「ふふ……もちろんだよ。魔法で顔と声を変えても、匂いまでは変えられない。獣人のボクの鼻なら誰だろうと嗅ぎ分けられる」
「いい子だ。お前を拾ってよかったぜ」

 尻を揉む、ズビシェクの手にボクは喘ぎ声を上げる。

 待っていてアラン。
 あなたが執着している子供――サシャはボクらが葬ってあげる。そしてアランを自由にしてあげるよ。ボクという最高の相手がいるんだって、もう一度教えてあげるからね。
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