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第五章 王立学園の王太子
186 本性を現した王子
しおりを挟むマグノアリ王子に手を引かれた僕と、後方からも突然襲いかかって来たオーガの対処に、一瞬アーシュが戸惑う。直ぐに反撃に出たハヴェル殿が「ヤツは任せろ」と叫ぶのを聞いて、アーシュは僕に駆け寄った。
「マグノアリ王太子! サシャ殿下は私がお守りいたします」
「ははっ! そんなのんびりとしたことを言っていていいのか? ほら、また一体来たぞ!」
マグノアリがあごで示す。
その先には、わき道から姿を現したオーガしゴブリンがいた。どちらもアーシュの敵ではないが数が多い。事前に魔物は討伐していたというのに、どこから来たというのだろう。
魔石の多い場所……特に迷宮では魔物が湧きやすい。
だとしても、このタイミングでこの数は明らかにおかしい。
この迷宮は王都に近いこともあって、今まで何度も訓練に来ている場所だ。
十二歳の頃から四年間、こんな魔物の出現の仕方なんて一度も無かった。
「くっ、殿下そちらへ!」
アーシュが攻め来るゴブリンを切り倒す。
一発で仕留めるも、次が襲い掛かり切るを繰り返して僕に近付くことができない。そうしている間に僕らに近付いてきたゴブリンを、マグノアリの護衛が斬り倒した。マグノアリ本人も剣を抜いて払い倒す。
僕は……利き手を掴まれたままで剣を抜くこともできない。
「王子! 僕の手を離してください!」
「ふん、お前に魔物が倒せるのか? お姫様は守られていればいいんだよ」
ニヤリ、と笑って返す。
お姫様と。
この場で僕をバカにする言葉を飲み込んで、僕は「離してください!」と繰り返す。
確かに僕の剣は抜きんでて強いというわけじゃない。
それでも、最低限自分の身を守るぐらいの訓練は積んで来たんだ。たった一人で戦っているわけでもないこの状況で、腕を掴まれていては逆に身動きができない。
「腕を掴まれていては逃げることもできません!」
「逃がすかよ……」
ぐいっ、と引き寄せられて囁かれた。
ぞわり……と嫌な予感が背筋を這う。と同時に、マグノアリは腕を掴んだまま、迷宮の奥へと向かう通路に向って走り始めた。僕は突然のことに足がもつれて、上手く振り払うことができない。
振り返ると、アーシュは頭一つ大きいオークに剣を向けて戦っている。
僕が連れられた姿を視界の隅に捕らえているようだが、斧を手にした魔物の対処でその場を動けない。更にマグノアリの護衛がアーシュと僕らの間に入っり遮った。
明らかに計画的な動きだ。
「離して! 離せっ!」
「離して欲しければ力づくで振り払って見せろよ、ひ弱な王子」
口の端を上げて笑う。
彼と僕との体格差は明らかで、先日の模擬戦でも実感したように剣の腕も彼の方が上だ。試合では彼から一本を取ることができたが、それはあくまで演武場という整えられた場所でのことだ。
僕は片手でマグノアリの手を外そうとするも、がっちりと掴んだ指はびくともしない。
精霊たちも危険を知らせる声を上げている。
「何をする気だ!? ……っあ!」
「何を? 決まっているだろ?」
迷宮の奥、周囲に誰ね居ない場所まで僕を連れ込んだマグノアリは、掴んだ手首を背中に捩じり上げて壁に体を押し付けた。
マグノアリが顔を寄せてニヤリと笑う。
「イイコトをしようじゃないか」
言いながら、僕の肩やひじの鎧を器用に外していった。
護衛の騎士らと違って、僕は軽装といっていい程度のものしか身に着けていない。万が一の場合に戦うのは護衛の役目であって、僕は祭壇で儀式を行う者。本来は鎧さえ身に着けないのが習わしだ。
念のための防具では、マグノアリの手を煩わせる程度にもならない。
「お前にこの格好は合わないな。ドレスの方がよっぽど似合いそうだ」
「くっ……離せっ!」
「いい匂いがする。お前……本当に男なのかよ。まぁ、突っ込めればどっちでもいいか」
一つに縛っていた髪を解き、アーシュがつけてくれたお守り代わりの髪飾りを投げ捨てる。ぱらりと、背中まで伸びた髪が落ちて僕は焦り始めた。
マグノアリが何をやろうとしているのか。
鎧を外し、シャツを引っ張り上げて脇腹から腹の方に片手を伸ばす。囁く唇を首筋に近付けたかと思うと、ぺろり、とうなじを舐めて来た。
全身に悪寒が走る。
「や! やめろ!」
「カワイイなぁ。今……気持ちよくしてやるぜ」
僕は壁に押し付けられ、利き手を背中に捩じり上げられたまま。マグノアリの這う手が脇腹から前の方、更に下腹の方にと伸びて来て僕の脳裏にアランの声の記憶が蘇った。
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