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第五章 王立学園の王太子

185 退屈な訓練

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 今回、実地訓練に使う迷宮は、王都近辺では中規模のものだ。
 例の祭壇までは片道三十分ほど。決して短い距離ではないが、迷宮内部の構造は調べ尽くされていて、更に事前に凶悪な魔物は一掃してもらっている。

 迷宮は構造上、自然発生的に魔物や魔獣が湧き出しやすくなっているが、上位の、いわゆる手強い魔物は出現にも時間がかかる。人為的に召喚でもしない限り、一度排除すれば再出現にも時間がかかる。
 魔物が湧き出す前に訓練を終えてしまおう、というものだ。

 下位の、学生でも倒せるような魔物や魔獣はいるが、先導役の騎士候補生が普段の訓練通りに行えば問題ない。安全を優先した全ての行程は予定通りで、僕と並んで歩くマグノアリ王太子はあくびをしながら歩いていた。
 事前に聞かされていたとはいえ、あまりに刺激のない訓練で気が緩んでいるのだろう。

「そろそろ、祭壇の間ではないのか?」
「ええ。無事に到着できそうです」
「無事……ねぇ……何の訓練になるのやら」

 鼻で笑いながら足を進める。
 僕ら王子たちが退屈に思うほど何事も無く進めているのは、周囲を警戒してくれる騎士候補生たちが居るおかげだ。更に今回は指導員として、先生と助手のアーシュとハヴェル殿まで着いていてくれる。
 彼らの気配りを考えると、守っていてもらっているからとだらけていられないのに。

 そう何度かそれとなく言ってみても、危険を刺激と考える王子の耳には入らないようだ。
 僕は意識を精霊たちの方に向けてみた。どうも僕らが迷宮に入った辺りから、妙に落ち着きがない。何かに警戒している感じすらある。

 僕は心の中で精霊たちに語り掛けてみた。
 何か危険が迫っているのかと。どこかに取り残した凶悪な魔物でも居るのかと……。けれど、草木の少ない地下迷宮で僕が言葉を交わせる精霊たちは少なくて、ざわざわとした声は「違和感」という程度のものしか感じられない。
 この迷宮を探索するのは初めてではないが数えるほどしかないも事実で、僕にはどこが普段と違うのかは分からなかった。

「サシャ王太子殿下、間もなく祭壇の間です」
「あ……うん」

 身を屈めたアーシュが、耳元で囁くように告げた。
 そしてわずかにずれた髪飾りをそっと直す。今日は訓練だからと外してきていた、珊瑚の髪飾りだ。新学期の朝に新しく贈られた物を、アーシュはロビンに言って持って来させてきていた。
 いわく、「訓練とはいえ祭壇にて精霊たちに祈りをささげるのです。せめて神事に準じた身なりでなくては。それにこの赤い石は、邪気を払う魔除けの力があるのです」と。

 そう言われながら髪につけられては、「邪魔になってしまうかもしれないから……」とは言えなくなってしまう。それに邪魔になるほど困難な道のりでもない。
 事実、先導の騎士に促され祭壇にたどりついた僕は、今まで何度となくお祖父じいさまと練習を繰り返してきたとおり、滞りなく儀式を終えてしまった。
 神官代理と騎士候補たちがお礼の口上を述べて、小休止を挟んでから、あっけないほど簡単に僕らは帰還の途につく。

 精霊たちはまだ落ち着かなく騒いでいるが、ここまでは何の問題も起きていない。
 あまりに気にしすぎたから、精霊たちまで落ち着かなくなってしまったのだろうか。僕は側について警護を続けるアーシュにそっと耳打ちした。

「何も起きなさそうだね」
「殿下、何か気がかりなことでも?」
「え? いや……ちょっと精霊たちが落ち着かないようだったから気にしていたけれど。僕の気のせいだったみたいだ――」

 そう僕が口にした途端、先導の騎士候補生から緊張した声があがった。
 凶悪な魔物が出現した気配を感知したのだという。直ぐに状況確認の伝令が走り、指導員の先生が学生数名と共に調査に向かう。ここに居る者たちで簡単に倒せるようならは突き進むし、難しいようなら迂回した方がいい。
 それも、今まで何度か訓練してきたことの一部だ。

 僕は胸騒ぎを覚えながら、周囲の様子を伺う。
 マグノアリはぺろりと唇を舐めて、「やっと楽しそうなことになって来たぞ」とほくそ笑む。気性が荒く好戦的な王子は、どうにも魔物と戦いたいみたいだ。
 僕がため息をつきながらいさめようとしたその時、調査に行った騎士たちとは反対の方向、ついさきほどまでいた祭壇の間の方向から魔物の雄叫びが響いた。
 この声は、迷宮に好んで住み着くオーガのものだ。

「何故!?」

 思わず僕は声を上げたが、それは側で警護するアーシュやハヴェル殿も同じだったようだ。確実に魔物のいなかった方向から攻めてくるなんて。
 まるで……誰かが呼び寄せでもしたかのように。

 まさか、と思う。
 と同時にマグノアリが僕の手首を掴んだ。

「どうやら魔物が出たみたいだな。俺たち王族は安全のため、騎士たちにこの場を任せて避難しよう」
「え、そんな……まって!」

 言うと同時に数体のオーガが僕らに襲い掛かってきた。
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