冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第五章 王立学園の王太子

183 深夜の散歩

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 どうにも眠れない。
 昼間、マグノアリ王太子殿下との模擬戦の後に気分が悪くなって、学園の私室で休んだせいだろうか。夜遅くまでの勉強はダメだとアーシュに言いつけられ、いつもより少し早めにベッドに入ったというのに。

「サシャ殿下、お眠りになれませんか?」

 あまりにベッドの中で眠れずにごろごろしていたせいか、従者のロビンがランプを手にして声をかけて来た。僕は、「うぅん……」と声を漏らす。

「来週には王都近隣の地下迷宮で、祭壇の儀の実地訓練があるというのに。今度は気分が悪くなったと言って簡単に休めるわけじゃない」
「そうですね」

 あきらめて、ベッドの上で体を起こす。
 ロビンは「温かなお飲み物でもお持ちしますか?」と声をかけてきたが、僕は軽く首を横に振った。

「少し、庭でも散歩するよ」
「でありましたなら、温室の方が良いかと思います。先ほどから雨が降ってまいりましたから」
「え……雨……?」

 言われて僕はテラスのある、大きな窓の方へと顔を向けた。
 夏の間は涼をとるため夜の間も開けっ放しにしている窓だが、さすがに秋が深まりつつある今はぴったりと閉じられている。窓を閉めてしまうと、防音の魔法でもかかっているのか、外の気配を感じることが無い。
 僕は、「そうか……」と呟いて、そろりとベッドから出た。

「じゃあ、温室の方を散歩することにするよ」
「今夜は私もお供させて頂きます」

 さすがに昼間のこともあって、一人でも大丈夫だよとは言い難い。
 僕は素直に頷いて、彼の後に続いた。




 深夜の王城でも働いている人はたくさんいる。
 要所要所に警備の兵が立ち、他にも定期的に城内を巡回する兵士がいる。城の厨房では深夜でも食堂を利用する兵士たちや早朝の食事の準備たのめに、せわしなく働く人たちがいる。
 まるでこの城が一つの町のようだ。

 その厨房に顔を出して飲み物を一杯貰ってから、城の東側にある菜園と併設されている温室に足を向けた。ここは回廊伝いにつながっていて、雨に濡れることなく訪れることができる。
 思ったより雨脚の強い空模様に、僕は冬が近いことを感じ取る。

 王都バランの冬は、僕とアランが過ごしたカサルの町ほど冬が厳しくない。
 新年の頃には雪も降るし樹々も葉を落とすけれど、緑を残したまま春を迎える草花も少なくない。

 冬を……思い出すと、アランと二人でこもっていたあの家が浮かぶ。

 草木の精霊の加護が薄くなる冬は、僕の身の安全を考えて生薬ギルドすら休みを取り、ずっとアランと二人、家の中で過ごしていた。
 本を読み、短剣を使った護身術を教えてもらったり、魔石の種類や特性、迷宮探索で注するべき事など……。
 僕は冒険者になるわけではなかったけれど、薬草採取で迷宮探索をすることもあった。
 そんな時はたいていアランが護衛についてくれていたけれど、いざという時には自分の身を守れるよう最低限で知識を与えてくれていたんだ。

 そしてその合間に二人で食事を作り、一緒に風呂に入って、一緒のベッドで眠る。
 僕よりずっと体温の高いアランは、くっついて眠るととても温かいんだ。彼の胸に頭を寄せて、心臓の音を聞きながら眠る夜が一番幸せだった。

 僕の肩に腕を回して抱き寄せてくれる、アランの腕の感触を今でもはっきりと覚えている。
 剣を振るい、崖をよじ登ることもできる強靭な筋肉とその下の太い骨。力強く脈打つ血管。剣だこのある硬い手のひらはいつも少しがさついていたけど、その硬い感触すら僕には心地よかった。
 そんな腕に抱かれて、僕はいつまでも一緒に暮らせると思っていた時があった。

 アランの番がマロシュだと知ってからは、ただただ切なかったけれど。

 温室の草花たちが、元気を出してと囁きかけて来る。
 言葉にしなくても僕の考えていることは分かってしまうみたいだ。僕はそんな花たちをひとつひとつ愛でながら、心の中で「大丈夫」と答える。

 アランとの思い出は幸せな過去だ。
 まだ忘れることはできなくても、少しずつ、前を向いて行かなければならないと思っている。

 ふと、人の気配がして僕は顔を上げた。
 こんな夜更けにもかかわらず、温室の奥で作業をしていた人がいたからだ。
 僕より頭一つ背の低い、がっしりとした体格の老人に僕はふっと笑みを浮かべた。昔、生薬ギルドのギルマスから話を聞いていた、アーモスランクのドワーフ族だ。
 ギルマスの薬草や毒に関する知識を貰った師匠でもある。
 ザカリー殿も僕に気づいて、笑顔を向けて来た。

「これはこれは、このようなお時間に何か入用ですかな?」
「いいえ、ちょっと眠れなくて散歩を。ザカリー殿はお仕事ですか?」
「ええ。強力な眠り苔、ハレヒノが手に入ったと迷宮探索の冒険者から受け取りましてな。少し調べておりました」

 そう言って、しっかりと蓋をされた瓶を掲げて見せる。
 中には葉の先端がほんのりと紫色に光を放つ苔が、ひとつまみほど入っていた。

 眠り苔ハルヒノは、迷宮で見つかると厄介な植物だ。
 これらは動物などの生き物の気配を察知すると胞子をまき散らす。その胞子を吸い込むと、文字通り「眠ってしまう」のだ。
 と言っても少し吸ったぐらいでは、うとうととするとか眠気が来るという程度で、薬としても使われる。大体、一、二時間程度ならさほど人体にも害はない。

 ただ迷宮で動けなくなって、数時間から数日この胞子を吸い続けてしまうと、目覚めるのが困難になってしまう。そうして動けなくなった動物に寄生した苔は、生きながらにして動物たちを食べてしまう食虫植物でもあるんだ。
 陽の光の下ではあっという間に枯れてしまうこともあって、地上に持ち出せばあまり害のない物でもあるのだけれど……。

 僕は王城に来てから度々ザカリー殿に会って、こうして薬草や毒草の知識を学んでいた。

「眠れないからと散歩されていたところに、これは益々眠れなくなるものを見つけてしまいましたかな」

 植物のことになると夢中になる僕に、ザカリー殿が笑って言う。
 後について来ていたロビンも、「殿下、ほどほどに」と言って笑うのを見て、僕は苦笑いしながら頷いた。

 演習で使われる迷宮では貴族の子息たちの安全を考えて、事前に狂暴な魔物は排除していると聞く。それもどうかと思うが、万が一にも大怪我をすることの無いようにという配慮なのだろう。
 けれど迷宮にある危険は魔物ばかりではない。
 僕はザカリー殿と話をしながら、もう一度改めて気を引き締め直した。
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