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第五章 王立学園の王太子

179 王太子の剣

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 アーシュのあおり言葉に、マグノアリ王太子は眉を歪ませた。
 お付きの従者は小声で王子の行動を諫めようとしているが、耳を向ける様子はない。

「俺と、その王子との戦いだ。手出しするな!」
「ルールにのっとった試合であるならば手出しはしません。ですが、そのルールを破るのであれば話は別です。いかがなさいますか?」

 アーシュは僕を背に守ったまま一歩も引かない。
 場合によっては外交問題にすらなりかねない状況だが、こちらに非が無い以上毅然きぜんとした態度で挑まなければならない。
 僕はふらつく足に気合いを入れて、立ち上がった。

「マグノアリ王太子殿下、審判の決は下されました。ここは剣をお納めください」
「審判の決など要らぬ。決着はどちらが膝をつき服従するかどうかだ。お前が戦えないというなら、俺はそこの騎士と剣を交えてもいいぞ。平和ボケした国の騎士など、この俺の足元にも及ばないだろうがな」

 そう言ってニヤリと笑い、改めて剣を構えてアーシュに向き合う。
 僕は小さくため息をついてから、アーシュの背に声をかけた。マグノアリを止められない以上、この場の責任の所在を明確にしなければならない。
 それは、王太子である僕にしかできないことだ。

「わかりました。マグノアリ王太子殿下の了承により、サシャ・バラーシュが命じる。ザハリアーシュ、我が剣となり戦え。証人はこの場で観戦している者、皆である」
「殿下のお心のままに」

 アーシュが剣を構え、周囲の観戦者たちは息を飲む。
 マグノアリはよほど腕に自信があるのだろう。同じように剣を構え、ぺろりと自分の唇を舐めた。

 確かに、彼は同年代の騎士と比べても腕が立つ。戦場で相対したなら、かなり手強い相手になるだろう。
 だが、アーシュもまた城で王を守護する者たちにに揉まれ、腕を磨いてきた騎士だ。今でこそ僕の守護に専念するため遠征は控えているか、かつては若くして魔物討伐の騎士団団長を務めていたんだ。彼との出会いもその遠征でのことだった。

 人を相手にするのと魔物相手の戦いは全く違う。
 アランの戦い方を見ていて、僕はよく知っている。
 人は油断もするし、情に訴え戦意をくじくこともできる。だが、魔物は確実に息の根を止めるまで終わらない命のやり取りだ。
 その戦いを知っているアーシュは、僕の命令とあれば一切の手加減をしないだろう。
 予想通りに、試合は一方的なものになった。

 マグノアリが一歩踏み出す。
 僕ならばそれを剣で受け流すのを、アーシュは踏み出し攻撃に出た。慌てて身をよじり剣先を避けるマグノアリ。その先を予測して、アーシュは次の剣を繰り出した。
 王子の声が漏れる。

「ひっ」

 避け、剣で受け流し、次の攻撃をぎりぎりで避ける。
 一撃で仕留められずに済んだのは、マグノアリの能力の高さゆえだろう。だが、攻撃に転じるどころか防戦一方となり、あっという間に追い詰められていく。
 観戦者が左右に分かれて場をつくり、王子はあっという間に演武場の壁際まで追い詰められた。

 もう逃げ場も無い。
 必死の形相で受けた剣ははじかれ、遠くの床まで転がっていった。
 本来、武器を失った相手に攻撃は行わない。けれどアーシュは冷徹な視線のままで簡易鎧の肩部分に打ち下ろし、目の前で王子の膝を着かせた。

 鎧の隙間を狙い止めを刺さなかったのは、頭に血が上っているように見えても冷静に対処していた証拠だ。本当の戦場なら、確実にこの場で腕を切り落としている。
 四つん這いになった王子を前に、アーシュは剣先をぴたりと定めた。

「負けをお認め下さい」
「貴様……」
「これ以上の戦いをお望みになるのでしたら、学生の試合の範疇を越えます。貴国はバラーシュ王国に宣戦布告するおつもりですか?」

 両手を床に着くことになって、既に結果は誰の目にも明らかだ。
 僕はこの場を収めるべく、審判をした先生と目配せをしてマグノアリの前に立ち、手を伸ばした。

「殿下の勇猛さは、よく分かりました。バラーシュ王国の騎士の実力を試すために、このようなお芝居を打ってでたのでしょう? アーシュに花を持たせるお心、ありがたく存じます」

 微笑みながら言う僕の言葉に、観戦していた人たちがほっと息をつく。
 マグノアリの非礼はお芝居だったのだとすれば、全て丸く収まる。彼の本心はどうだったか別として、国の体面は保てるはずだ。
 王子お付きの従者が駆け寄り、一言、二言言葉をかけた。
 ちっ、と小さく舌打ちした王子は、黙って僕の手を取り立ち上がった。

「そこな騎士の実力は、見掛け倒しではなかったようだ」
「お褒め頂き、ありがたく存じます」

 アーシュが片膝をついて頭を下げる。
 そんな態度に少しは気が張れたのか、マグノアリは従者に「行くぞ」と声をかけて演武場を後にした。その後姿を見送って、僕もやっと息をつく。

「アーシュ、ありがとう」
「殿下の守護者として当然のことをしたまでです」

 立ち上がり僕の手を取る。そして、ふっと眉を歪めた。
 軽く手が震えていることに気が付いたのだろう。
 毅然とした態度を示していたけれど本心は怖かった。アーシュは強くて負けはしないと思っても、どうしても激しい剣戟けんげきは、両親を殺された時のことを思い出す。

「殿下、少しお休みいたしましょう」

 そう言うと側にいた先生に断り僕らも演武場を後にして、学園内にある王族の私室に向かった。
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