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第五章 王立学園の王太子
178 模擬戦
しおりを挟む夜に王城の庭園でお祖父さまとお話をした数日後、学園で剣の模擬戦が行われることになった。今の時期、毎年恒例のことだけれど、僕にとっては大きな試練だ。
カサルの町で暮らしていた頃、アランから短剣を使った護身術は仕込まれていた。
つねに側で護衛できるわけじゃない。カサルの町にはガラの悪い盗賊崩れもいたから、せめて自分の身は自分で……ということと、狭い路地の多い町では長剣を振るうには適さないからだ。
もちろん長剣を振り回して練習できる場所も限られているし、ただの庶民――と、当時は思っていた僕が騎士や剣士、冒険者になるわけでもないのに長剣の訓練をするのは不自然だ。
結局、家の中など狭い場所でもできることに限られていた。
そんなこともあって、僕が大きな剣の訓練を受け始めたのは王城に来てからになる。
もちろん指導の先生は一流で、基礎の基礎から丁寧に指導してもらった。けれど……本来、貴族なら五、六歳から始める訓練を十二歳を過ぎてから始めたんだ。技術や感性がどうという以前に体が全くできていない。
それでなくても、もともと筋肉がつきにくい体質で骨格の造りも細くて……要するに、大物の剣を扱うには人の倍以上の努力がいるということ。
人並みになるのすら時間がかかるとはいえ、剣一つ扱えません、と言っていられない。
長くバラーシュ王国は平和でいるけれど、一度戦争となれば僕も戦場に出なければならないのだから。
僕が剣技を習い始めた頃から、時間を見てはアーシュは稽古に付き合ってくれていた。多くの人が木人形などを相手に自主練するのを、アーシュは「人間相手の方が上達も早いですよ」と、積極的に時間をつくってくれていたんだ。
おかげで僕の剣技はみるみる上達していった。
まだ、アーシュを始めとした城の護衛騎士たちの足元には及ばないにしても、同年代の貴族たちに追いつくぐらいのレベルになってきた。
そのような経緯を耳にした留学生、アクファリ王国のマグノアリ王太子が、僕の腕前を見たいと言い出したんだ。
一国の王太子として、断ることなんかできない。
学園の演武場には、多くの観戦者が集まっていた。
僕が授業以外で剣を手にして模擬戦を行うことは滅多にない。僕が下手だから、というだけでなく、みんな怪我を負わせてはと思うとまともに戦うことができなくなるかららしい。
男なんだから傷の一つや二つ気にしなくてもいいのに。
そう言っても、みんな「とんでもないことです」と言って遠慮する。
結局模擬戦の相手は、その辺りの力加減がちゃんとできる腕の立つ人たちと、アーシュやハヴェル殿ばかりになっていた。
マグノアリの腕はどうなのだろう。
事前情報では、かなり荒い剣さばきだと聞いている。
海に面したアクファリ王国では、船乗りをはじめとした戦士や騎士たちは皆、気性が荒いという。普段からそのような人たちを相手にしているマグノアリもまた、我が強く無ければ負けてしまうのだろう。
先日の突然の求婚には驚いてしまったけれど、彼にしてみれば普通のことなのかもしれない。
「バラーシュ王国王太子の腕前、見せて頂こう」
動きやすい服装に簡易鎧、刃を潰した練習用の剣で向かい合う。
まともに切りつけられたとしても、手足が切り落とされるわけではない。とはいっても握っているのは鉄の剣だ。当たり方によっては骨ぐらい簡単に折れる。
きっと彼は手加減なんてしないだろう。
「怪我をしたなら俺が手づすら介抱しよう。安心してやられていいからね」
「お手柔らかに、お願い申し上げます」
僕は平常心を装いながら微笑む。
本当に、お手柔らかにお願いしたい。
王となるには必要な事だから拒否はしないけれど、元々争いは嫌いだ。それに剣がぶつかり合う音は、かつて僕らの集落を襲った盗賊たちのことを思い出す。
僕は嫌な記憶を振り払い、目の前に集中する。
簡単には勝てなくても無様に負けるわけにはいかない。審判となる先生の合図で僕は型通りの攻撃を仕掛けたが、やはり簡単にいなされた。
そもそも僕の剣は、筋力が足りないせいで軽いんだ。
対するマグノアリは僕より一歳年上で、身体つきも一回り以上大きい。当然ふるう剣も重く、直ぐに僕は防戦一方になってしまった。
「殿下は手加減しているのかな?」
笑い声を上げながら、マグノアリは休むことなく剣を繰り出してくる。
そのひとつひとつを確実にさばきながら、僕は相手に飲まれないようにと気力を保ち続けた。
相手の油断を誘えば、好機は訪れる。
その瞬間を逃さず攻撃に転じれば、圧勝はできなくても互角には持ち込めるはずだ。
そうは思っても、手加減なしの攻撃に僕の息は上がり始めていた。この四年でかなり体力はついてきたが、人並みには一歩足りない。
「皆の前で俺の求婚を断った、後悔をする時だぞ」
「後悔はしません!」
マグノアリの剣筋を読んだ、その隙を狙って鋭い一撃を放つ。
僕の剣は真っ直ぐ迷いなく王子の胸を突いた。もちろん簡易鎧を身に着けているから怪我はない。それでも、それなりの衝撃を受けて、マグノアリは数歩よろめいた。
審判の先生が技ありの判定を下す。
マグノアリは鎧の上から胸を押さえた。
「くそぉ……そんな細い体だっていうのに……」
「マグノアリ王太子殿下、決着はつきました。終礼を」
「まだ決着はついていない!」
審判の言葉を押しのけ、マグノアリはいきなり剣を振り上げた。
とっさに僕は剣で受けてさばく。けれど次々に繰り出される攻撃に、僕は耐えきれなくなり足をもつれさせた。
仰向けで倒れ込む。
その首元目がけて振り下ろされる剣。
瞬間、マグノアリの剣が大きく弾かれた。
金の髪をなびかせ目の前に現れたのは、側で観戦していたた騎士、アーシュだ。
マグノアリが痺れた腕を押さえて呻く。
「退け。勝つのは俺だ。そいつを目の前で膝を着かせるのだ!」
「でありましたら、この私を倒してからにして頂こう」
僕の前で立ちふさがりながら、アーシュが怒りを抑えた声で言う。
ここは戦場ではない。
審判の言葉を無視して戦いを続けた王太子の非礼に、アーシュが本気で怒っている。
「殿下の盾であり剣となる私、ザハリアーシュ・バルツァーレクを倒してこそ、貴殿は真に殿下を下したと言えるのです。よもや名のある王族が、一介の騎士を倒せぬなどありますまい」
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