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第五章 王立学園の王太子
174 必ず手に入れる
しおりを挟む教室はアーシュの言葉に静まり返った。
上級生にとってはもう知っていることでも、改めて言葉にして聞くととんでもない話だ。種族を問わない……は、まぁあることだけど、性別も、それどころか生態も問わいなんて、いったいどんな魔法だと思う。
けれど古い文献を紐解けば、聖獣や聖樹といったものは、エルフ族が生み出したものだと記されている。龍人族や獣人ですら、その一つとされているものもある。
同時にその事実は一般には知られないよう秘密にもされてきた。
理由は簡単だ。
あまりにも特別な奇跡だからだ。
僕の左隣で驚きと笑いと、懐疑心の混ざったような顔で、マグノアリ王太子が声を上げた。
「性別どころか人でなくてもいいなんて信じられないな。エルフ族に生み出せない物なんて何もない、ってことになるじゃないか。一人居ればどんな生き物でも作り出せてしまう。どこの国でも欲しがるぞ」
「ええ、そのため今より凡そ370年前、諸国で大規模なエルフ狩りが行われました」
各国がこぞってエルフ族を捕らえて、奇跡の生物を生み出させようとした。
けれどそんなに都合よくいくものじゃない。結果、エルフ族は大きく数を減らし、精霊たちの怒りを買った国々は滅びの道を歩んだという。
僕らの一族が森の奥で細々と、何重にも施した結界の中でひっそりと暮らしていたのもそのためだ。
盗賊たちはその結界術を上回る攻撃で僕らを襲い、村は全滅した。
今思えば彼らは、エルフ族を捕らえようとしていたんじゃない。最初から殺そうとしていた。その理由は分からないが僕一人が逃げ出せたこともまた、奇跡みたいなものだったのだと思う。
アーシュの話は続く。
「ですので、この事実はあまり公に語られることはなくいました。今は各国で協定が結ばれ、そのような蛮行は禁止されています。もちろん、盗賊を始めとした不埒者がいるため、不幸を完全になくすことはできずにおりましたが……」
アーシュの視線が僕の方に向けられる。
両親を喪い、故郷を失った。その辛さをアーシュはここから痛んでくれる。本当に優しい人だ。
「そのような理由もあり、先にマグノアリ王太子殿下が言っていたような誤解が広まったのでしょう。現在、サシャ王太子殿下の婚姻相手……将来の伴侶は令嬢に限らず、名のある令息も名乗りを上げています」
「後は本人の心を掴むことができるかどうか、ということか」
ニヤリ、と笑ってマグノアリ王子は僕を見た。
さっきハッキリとお断りしたのに、どうやらめげない性格らしい。
「改めてどうだ? 我が国は広大な海に面し貿易も盛んで人も物も豊かな国だ。珍しい生き物や諸国の珍品も多くある。退屈させないぞ?」
「アクファリ王国の歴史や産業については、書物で学ばせて頂いております。ですが、今、ザハリアーシュ殿が言ったように、僕の一存でこの国を出るわけにはいかないのです」
下手をすれは、この国……いや、この近隣諸国で最後の生き残りかもしれない。
そのことを僕は王太子になってから嫌というほど知った。同時に、その責任も深く感じている。
カサルの町や僕が旅の途中で出会った多くの人たちが幸せに暮らせるようにする。
精霊たちが望む限り、それが僕の生涯をかけてやり遂げなければならないことだ。
だからこそ僕の伴侶となる結婚相手は、その大切さを深く理解してくれる人でなければならない。
ただ好きになりました結婚しよう、ではダメなんだ。
そのおかげで僕はひどく慎重になって、十六歳になったというのに未だ妃候補を決められないでいる。何度となくこの方はと薦められて――相応しい令嬢や令息は何人もいたのに、その度にアランの姿を思い浮かべてしまうんだ。
もう……別れて四年が経つというのに。
「そんな硬く考えるなよ。いっそ先に子を作り、そいつを未来の王に指名してお主は自由にやったらいいではないか」
「マグノアリ王子こそ、僕よりも相応しく美しい令嬢は両手に余るほどいるのではないのですか? どうして僕にこだわるのです?」
「どうして?」
ニヤリと笑って言う。
「それはお主が美しいからだ。そして俺は、欲しいと思った物は必ず手に入れる。王子だからな」
そう言って僕の方に手を伸ばした。
反射的に身を引く。と同時に、ハヴェルが僕の後ろからマグノアリ王子の手を遮った。
「殿下、その辺りでお引き下さい」
「龍人族の公爵令息。髪を一房、愛撫する程度ならばかまわぬだろう」
「いえ。おやめになった方がよろしいです。風の精霊たちが不快を示してございます」
言うと同時に、教室内につむじ風が走り小さな悲鳴が上がった。
ハヴェル・ラシュトフカは風精霊の声を聞くことができるだでなく、近年、風魔法も腕を上げてきた。アーシュと同じく、怒らせたならとても怖い相手だ。
マグノアリ王子は顔を引きつらせて、伸ばした手を引っ込めた。
「何のために面倒な留学生になったのだ。俺は簡単には諦めないぞ」
そう言い残すと、王子は従者を連れて教室を出て行ってしまった。
教壇でアーシュがため息をつく。
なんだか、いろいろ面倒なことが起りそうな予感に、僕は肩を落として出て行った扉の方を見つめた。
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