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第五章 王立学園の王太子
172 お断りします
しおりを挟むにっこりと微笑んだアーシュが一歩前に出て、初対面から爆弾宣言をしてくれたアクファリ王国から来た留学生に声をかけた。
「マグノアリ王太子殿下、お言葉ではございますが〝男相手でも孕むことができる〟というのは少し意味が違います」
「お前だ誰だ?」
「サシャ王太子殿下を生涯お守りすると精霊に誓いし聖騎士。ザハリアーシュ・バルツァーレクと申す者です」
「バルツァーレク? この国の王の弟に当たる公爵家だな?」
「さようでございます」
「今、お前に用はない」
さらりと斬り捨てて僕の方に向き直る。
相手は公爵家で王族の殿下より格下ではあるものの、ものすごく失礼な態度だというのに全く意に介さない。
王子とはこのぐらいマイペースなものなのか。
僕には新鮮に思えて、怒るより驚いてしまった。けれど僕を取り巻く人たちは、そうはいかなかったみたいだ。
「どうだ? 今ここで了承するなら正妃にしてやらんでもないぞ。考えるというのなら側妃となるやも知れぬ。何せ俺は人気者だからな」
そう言って大笑いする。
僕はぽかんとしてから、これはもしかするとプロポーズを受けているのでは思い至った。周囲の友人たちを見てみると、僕の思いついた顔に皆、うんうんと頷いている。
これはまず、ご挨拶からだ。
「改めて、初めてお会いします。バラーシュ王国にて王太子の任を受けました、サシャ・バラーシュでございます」
同等の地位の者に対する礼を行い、僕は顔を上げる。
うむ、と横柄に頷いたマグノアリ王太子は、「して返事は当然、了であろう?」と言ってきた。僕は、アーシュに負けないほどの笑顔で答える。
「お断りします」
「そうか。では宮殿は俺の――は?」
「貴殿からの婚姻の申し出、お断りします」
「何故だ!?」
まさか断られるとは思わなかったのだろう。マグノアリ王太子は目を見開いて僕を見つめ、一歩詰め寄って来る。
僕は引きもせずに答えた。
「僕は王太子ですので、この国を継ぐ務めがあります。他国に嫁ぐことはできません」
「王位継承権など誰かにくれてやればいいだろう。ほら、そこの公爵令息ならば血筋としても問題なかろう!」
呆気に取られていたアーシュの方を顎で示す。
アーシュは小さくため息をついてから、それでも声音だけは丁寧に、目の前の王子に答えた。
「マグノアリ王太子殿下。この国で誰が王位を継ぐか決をめるのは、国王と精霊たちでございます。サシャ殿下の一存でどうにかなるものではありません。また、このような強引な申し出では、英霊スラヴェナやツィリルの神官たちもお認めにはならないでしょう」
「何だと?」
「サシャ殿下の伴侶にと求むのなら、まずは英霊の神官たちに申し出、国王と精霊たちの是非を問い認められまうように。そののち、殿下のお心を射止められるよう誠意をもって、告白をなさってくださいませ。殿下がお許しくださいますなら、貴方様を妃として迎えることもあるやも知れません」
うん、僕の結婚相手はそのようにして決められる習わしになっている。今ここで結婚しようそうしよう、では済まないんだ。ちょっと面倒だけれど……。
マグノアリ王太子は思いもしない展開だったのか、口をあんぐりと開けている。
アクファリ王国王国にはそのような決まり事は無かったのかな?
「だ、だが……孕んでしまえば婚姻せねばならぬだろう。俺ならばすぐにでも、思う存分子種を注いでやるぞ」
王子の言葉を耳にした令嬢たちが、顔を赤くして戸惑っている。
うぅ……ん、ここは学園でしかも朝の廊下だというのに。もう少し言葉を選んでほしいなぁ……と思いながら、僕は苦笑いする。
騒ぎを聞きつけた教授たちが駆けつけ、とにかく教室に入るようにと促した。
王子は不満そうだが、そろそろ授業の始まる時間だ。
事のあらましを周囲の生徒たちから聞いた教授は、思いっきり大きなため息をついてからアーシュを呼んだ。
王子の言った「男相手でも孕むことができる特異体質」という、独り歩きしている言葉の意味を、教授の助手としてアーシュが説明するようにということになったらしい。
急遽、それぞれの種族の特性についてもう一度おさらいするという、特別授業になった。
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