冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

文字の大きさ
上 下
166 / 281
第四章 二人の道

166 アラン・遠く見守る

しおりを挟む
 


 「王太子殿下の前に無礼であるぞ!」

 裏口から冒険者ギルドに入り込んで、ホールが見える二階の渡り廊下から見下ろすと、ちょうどサシャを守るように立ちはだかった公爵令息、ザハリアーシュの声が響いた。

 何事かと階下を見下ろす人と柱の陰に隠れるようにして、俺やカレルも様子を伺う。
 膝をついて頭を下げるのは、いつもサシャに嫌がらをしていた若い冒険者、ベドジフと、今は武器職人見習いとなったミラン。そしてサシャと同じ生薬ギルドに移籍していた、赤毛のモイミールだった。
 今になって謝罪をしようって言うのか。

「許してください! 俺たち、あんなことになるなんて思ってもみなかったんだ」
「サシャが王族だとは思わなくて!」
「アランさんに付きまとっているだけだと思っていたから!」

 必死に声を上げる三人に、周囲の者――あいつは竜人族のハヴェルだ。奴が護衛兵に三人を連れ出すように指示し、従者らしき者がサシャに寄り添う。
 サシャは――。
 姿を目にするだけで胸が絞られるようになるサシャは、別れた半月ほど前から少し痩せたように見える。そして大人びた面差しで、膝つく三人を静かに見下ろしていた。

「話だけでも、聞こう」

 サシャの透き通った声がギルド内に響き渡った。
 ああ……アイツらしいな、と思う。
 あいつらには散々嫌がらせをされていただろうに。
 それでも公平に、まずは相手の言葉に耳を傾けようとする。自分の感情を押し込めてでも冷静であろうとする姿は、とても十二歳になったばかりの少年には見えない。

「サシャ殿下」
「今までちゃんと話すこともできなかったんだ」

 サシャがこのカサルの町に来て、友達を作りたいと思っていたことは知っていた。
 冒険者仲間は乱暴者も多いがカレルのように気さくな奴らも多い。そう……思っていたのだが、同年代の冒険者たちは彼を受け入れようとしなかった。
 その原因の一つにマロシュの存在があることも感じていた。

 サシャが一度でも俺に助けを求めたなら、俺はいつでも奴らを追い払うことができた。
 俺もギルマスのクレメントも、何度か警告した。
 だが……それでも、奴らの嫌がらせは無くならなかった。

 奴らとかち合わないよう多少は手を回したし、何かあったら逃げ込めるようにダミーの部屋を借りてできるだけの対処はしていた。
 四六時中サシャと一緒に居られるわけではなかったから。サシャ自身も自分で解決しようとしている様子があったからこそ、必要以上に手を出すことは堪えて来たんだ。
 俺に脅されて仲よくなった……ではなく、彼ら同士で問題を解決して、仲間になることができたなら……と思っていた。
 サシャの自立のためにも、何もかも俺が手を出してはならないと思っていた。

 俺が思う以上に、奴らはバカだったわけだが……。

「あいつら、アランさんのためにって言い訳ばっか、ですね」

 ずっとカサルの町を離れていたカレルが、この町に戻ってきて初めてサシャと取り巻く冒険者たちの現状を知り呆れた声を出した。
 俺はイラつく気配を隠しもせずに、階下の様子を見つめる。

 できることなら今すぐサシャの前に立ち、ヤツらを踏みつけてやりたい。
 誰が俺のためだと?
 勝手な奴らだ。虫唾むしずが走る。
 だが今、俺の代わりにサシャの側に立つことができるのは、公爵の身分を持つ者だ。平民の俺ではその資格が無い……。

 そして一通り言い訳を聞いたサシャの、よく通る声がギルドのホールに響いた。

「僕のことが嫌いなら嫌いでも構わない。アランの手をわずらわせていたのも事実だから」

 そんなことは無い。
 お前は俺の言いつけをよく守り、誠実で、とても努力していた。
 もっと俺に頼ってくれていいと思っていたぐらいだ。

「……身分も身寄りもない孤児ならいじめても良くて、王族なら謝るというのなら……もう、やめて。どんな身分の人にも、同じ気持ちで接してもらいたい……今の僕の願いはそれだけだよ」

 サシャ。
 お前は今、どんな思いでその言葉を口にしているのか。

 三人は護衛兵に引っ立てられるようにして追い出された。そしてサシャは改めてクレメントに挨拶する。
 その大人びた笑顔を、俺は遠く眺め、目に焼き付ける。
 見守る多くの冒険者の前で王太子となったサシャはギルドを出て、王家の紋章が入った馬車で町を出ていった。彼らの行く先は俺とサシャが出会った地、クバリ大平原の向こうにあるモルナシス大森林だ。
 町から遠ざかっていく馬車の一団を、町を守る砦から見送る横でカレルが声をかけてきた。

「馬車を追って、声をかけないんすか?」
「しねぇよ」

 次にサシャの前に立つ時は、アーモスのランクを手に入れた時だ。

「それよりもやり残したことがある」
「アランよ、殺しはするなよ」

 行動の先読みをして、ルボル爺さん――いやルボル師匠は呟いた。
 お尋ね者の盗賊でもない相手を殺せば、冒険者の資格を失う。
 俺はふっと笑い返した。

しねぇよ」

 あぁ……殺しはしない。
 だが、サシャがもうこの町に戻らないとなれば、後は好きにさせてもらう。サシャを傷つけ苦しめた奴を、ただ見過ごすほど俺は優しくない。




 砦を後にした俺は、あいつらの匂いと気配を辿り路地を行く。
 おおよその行動パターンも把握しているのだから、見つけ出すのは魔物を探すより簡単だ。
 予想通りたいして時間もかからず、町の薄暗い路地で肩を落として歩いている奴らを見つけ、俺はわらった。

「よぉ……てめぇら、ずいぶん好き勝手やってくれたな」

 振り向いたべドジフとミラン、モイミールは、俺の顔を見て青ざめた。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

恋人が出て行った

すずかけあおい
BL
同棲している恋人が書き置きを残して出て行った?話です。 ハッピーエンドです。 〔攻め〕素史(もとし)25歳 〔受け〕千温(ちはる)24歳

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...