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第四章 二人の道
166 アラン・遠く見守る
しおりを挟む「王太子殿下の前に無礼であるぞ!」
裏口から冒険者ギルドに入り込んで、ホールが見える二階の渡り廊下から見下ろすと、ちょうどサシャを守るように立ちはだかった公爵令息、ザハリアーシュの声が響いた。
何事かと階下を見下ろす人と柱の陰に隠れるようにして、俺やカレルも様子を伺う。
膝をついて頭を下げるのは、いつもサシャに嫌がらをしていた若い冒険者、ベドジフと、今は武器職人見習いとなったミラン。そしてサシャと同じ生薬ギルドに移籍していた、赤毛のモイミールだった。
今になって謝罪をしようって言うのか。
「許してください! 俺たち、あんなことになるなんて思ってもみなかったんだ」
「サシャが王族だとは思わなくて!」
「アランさんに付きまとっているだけだと思っていたから!」
必死に声を上げる三人に、周囲の者――あいつは竜人族のハヴェルだ。奴が護衛兵に三人を連れ出すように指示し、従者らしき者がサシャに寄り添う。
サシャは――。
姿を目にするだけで胸が絞られるようになるサシャは、別れた半月ほど前から少し痩せたように見える。そして大人びた面差しで、膝つく三人を静かに見下ろしていた。
「話だけでも、聞こう」
サシャの透き通った声がギルド内に響き渡った。
ああ……アイツらしいな、と思う。
あいつらには散々嫌がらせをされていただろうに。
それでも公平に、まずは相手の言葉に耳を傾けようとする。自分の感情を押し込めてでも冷静であろうとする姿は、とても十二歳になったばかりの少年には見えない。
「サシャ殿下」
「今までちゃんと話すこともできなかったんだ」
サシャがこのカサルの町に来て、友達を作りたいと思っていたことは知っていた。
冒険者仲間は乱暴者も多いがカレルのように気さくな奴らも多い。そう……思っていたのだが、同年代の冒険者たちは彼を受け入れようとしなかった。
その原因の一つにマロシュの存在があることも感じていた。
サシャが一度でも俺に助けを求めたなら、俺はいつでも奴らを追い払うことができた。
俺もギルマスのクレメントも、何度か警告した。
だが……それでも、奴らの嫌がらせは無くならなかった。
奴らとかち合わないよう多少は手を回したし、何かあったら逃げ込めるようにダミーの部屋を借りてできるだけの対処はしていた。
四六時中サシャと一緒に居られるわけではなかったから。サシャ自身も自分で解決しようとしている様子があったからこそ、必要以上に手を出すことは堪えて来たんだ。
俺に脅されて仲よくなった……ではなく、彼ら同士で問題を解決して、仲間になることができたなら……と思っていた。
サシャの自立のためにも、何もかも俺が手を出してはならないと思っていた。
俺が思う以上に、奴らはバカだったわけだが……。
「あいつら、アランさんのためにって言い訳ばっか、ですね」
ずっとカサルの町を離れていたカレルが、この町に戻ってきて初めてサシャと取り巻く冒険者たちの現状を知り呆れた声を出した。
俺はイラつく気配を隠しもせずに、階下の様子を見つめる。
できることなら今すぐサシャの前に立ち、ヤツらを踏みつけてやりたい。
誰が俺のためだと?
勝手な奴らだ。虫唾が走る。
だが今、俺の代わりにサシャの側に立つことができるのは、公爵の身分を持つ者だ。平民の俺ではその資格が無い……。
そして一通り言い訳を聞いたサシャの、よく通る声がギルドのホールに響いた。
「僕のことが嫌いなら嫌いでも構わない。アランの手をわずらわせていたのも事実だから」
そんなことは無い。
お前は俺の言いつけをよく守り、誠実で、とても努力していた。
もっと俺に頼ってくれていいと思っていたぐらいだ。
「……身分も身寄りもない孤児ならいじめても良くて、王族なら謝るというのなら……もう、やめて。どんな身分の人にも、同じ気持ちで接してもらいたい……今の僕の願いはそれだけだよ」
サシャ。
お前は今、どんな思いでその言葉を口にしているのか。
三人は護衛兵に引っ立てられるようにして追い出された。そしてサシャは改めてクレメントに挨拶する。
その大人びた笑顔を、俺は遠く眺め、目に焼き付ける。
見守る多くの冒険者の前で王太子となったサシャはギルドを出て、王家の紋章が入った馬車で町を出ていった。彼らの行く先は俺とサシャが出会った地、クバリ大平原の向こうにあるモルナシス大森林だ。
町から遠ざかっていく馬車の一団を、町を守る砦から見送る横でカレルが声をかけてきた。
「馬車を追って、声をかけないんすか?」
「しねぇよ」
次にサシャの前に立つ時は、Aのランクを手に入れた時だ。
「それよりもやり残したことがある」
「アランよ、殺しはするなよ」
行動の先読みをして、ルボル爺さん――いやルボル師匠は呟いた。
お尋ね者の盗賊でもない相手を殺せば、冒険者の資格を失う。
俺はふっと笑い返した。
「殺しはしねぇよ」
あぁ……殺しはしない。
だが、サシャがもうこの町に戻らないとなれば、後は好きにさせてもらう。サシャを傷つけ苦しめた奴を、ただ見過ごすほど俺は優しくない。
砦を後にした俺は、あいつらの匂いと気配を辿り路地を行く。
おおよその行動パターンも把握しているのだから、見つけ出すのは魔物を探すより簡単だ。
予想通りたいして時間もかからず、町の薄暗い路地で肩を落として歩いている奴らを見つけ、俺は嗤った。
「よぉ……てめぇら、ずいぶん好き勝手やってくれたな」
振り向いたべドジフとミラン、モイミールは、俺の顔を見て青ざめた。
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