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第四章 二人の道
164 アラン・生きる目的を思い出せ
しおりを挟む本能的に凄まじい能力を持った相手だと察知した。
今の俺では互角……いや、間違いなく競り負けるだろう格上の相手。そう直感しながら、ゆっくりと近づいて来る相手に殺気や敵意が無いことも察した。
同業者か?
訝しんでいる俺に、闇の中から姿を現した相手が、苦笑しながら言い放った。
「血にまみれて魔物を屠り続け、自慢の鼻がバカになったか?」
「その声……ルボル爺さんか!?」
「頭の方まではイカレていなかったようじゃの」
「アランさん、やっと見つけましたよ」
爺さんに続いて現れたのは、俺と同じギルドに出入りしていた冒険者、弓使いのカレル・レイセクだ。
一ヶ月ほど前。サシャの薬草採取の護衛についた後、帰らないあいつを連れ回していると勘違いして絞めたことがあった。
恰好の悪いところを見られてバツの悪い想いをしたというのに、また間の悪い。
大きな袋を背負うカレルは、魔法石で簡易松明に火を点し、俺の姿を目にして改めて息を飲んだ。
「アランさん、ボロボロじゃないですか!」
「大怪我はないようじゃな」
カレルの一歩前で笑うルボル爺さんに、俺は舌打ちしたい気持ちで視線を反らした。
「腕試しや討伐依頼ではなかろう? サシャを手放してやけっぱちにでもなったか?」
「なっ!?」
「大方、生きる目的も見失ったという所じゃろう。ほれ、先ず水でも飲め」
そう言って、水の入った革袋を放ってよこす。
とたんに喉の渇きを覚えて、俺は受け取った水の口に含んだ。慌てて飲めば、また吐いてしまう。その間にカレルは周囲を簡単に調べてから、陣を敷く準備を進めていた。
どうやらたまたま遭遇して、そのまま通り過ぎる、というわけではないらしい。
「サシャと王城で別れてより十日あまり、ずっと飲まず食わずで迷宮の魔物と戦い続けていたのか?」
「別に……飲まず食わずだった、ってわけじゃねぇよ」
「だが、食い物も飲み物も底をついたというのに補給もせず籠っているのは、冒険者の基本としてあるまじき行為じゃな」
「獣人の俺にとって、この程度なら補給はいらねぇ」
「アランさん! すごいですねこの魔石、三年は遊んで暮らせますよ!」
魔物を倒し、石となった欠片を拾い集めていたカレルは、手にした石を俺の前に出して見せた。その無邪気さが、サシャの面影と重なり俺は顔をしかめる。
「迷宮で魔物を片っ端から殺しまくっている冒険者がいると聞いて来てみたら、アランさんでびっくりしましたよ」
「俺の居場所を探してきたのか?」
「まぁ、そうではありますが。落ちていた魔石の後を辿ってきたら居た、という感じです。アランさん、倒した魔物の石を拾わないで行くなんてもったいないですよ!」
「魔石を放置したならば、新たな魔物や魔獣の餌になるからの。冒険者ならばちゃんと拾い集めて置くものじゃ」
二人に交互に小言を言われ、俺は顔を反らす。
冒険者としての基本を忘れていたわけじゃないが、そんなものなどどうでもいいと感じていたのも事実だ。
とにかく、ただ暴れたくして仕方がなかった。
その衝動を抑えるためだというのは、目の前のAランクの冒険者にはお見通しだろう。
「あれほど人に対する執着など持っていなかったというのに。やはりお主も獣人、ということじゃな」
手早く野営の準備を整えたカレルが、松明の火を利用して温かな飲み物を用意し、携帯食を取り出す。手慣れた手つきは、冒険者としてしっかり技術を身に着けている証しだ。
そう言えば、この春Cランクを手にしたと聞いた記憶がある。
カレルから飲み物と食べ物を受け取ったルボル爺さんは、やれやれという声で呟いた。
「サシャの存在は大きかろう……」
「最初から手放す予定だった子だ。あいつを守り育てる役目は終わった」
「そして、ただの保護者ではいられなかった、という事実に気づいたというところじゃろう。お主、このまま迷宮で朽ち果てるつもりかの?」
いつも以上に直接的な言葉で切り込んで来る。
ルボル爺さんとカレルは、俺が冒険者を始めた頃から知っている間柄だ。遠慮など必要ない。
俺は視線をそらしたまま、数日ぶりの炎を見つめた。
あいつを――サシャをもう二度と、この腕に抱くことはできない。その事実を前に、いっそ迷宮の魔物にでも喰われてしまえばいい……という気持ちが、なかったと言えば嘘になる。
残念ながら、俺の生存本能が強すぎて未だ喰われてはいないが……。
生きる目的が無い。
ただ生き続けることだけが目的だった俺に、サシャという存在が現れ、あいつが生きる目的になってしまっていた。だからもう……生き続ける意味を見いだせなくなっている。
かといって死ぬこともできない。
ルボル爺さんが笑う。
「サシャはまだ生きておるのだぞ」
「あいつは、遠い所に行った」
「ならば追いかければよかろう」
爺さんが鋭い視線で俺を見つめる。
「Aランクとなれば王城での出入りが許される。お主、自分はこの国の五人目にはなれぬと、見ておるのかの?」
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