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第四章 二人の道

160 お礼と謝罪

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 あの日、生薬ギルドのお使いで配達に出た帰り、僕はマロシュやベドジフ、ミランとモイミールに捕まり、大切な魔石を川に落とされた。
 それを拾おうとして僕はまだ冷たい川に飛び込み、駆けつけたアランに救われた。
 命に別状はなかったけれどショックは大きく、クレメントさんが用意してくれた宿で過ごすことになった。
 その数日後、僕は一人でカサルの町を出たんだ。

 事前にアランが、もうギルドには戻れないと伝えていたらしい。
 けれど僕は、ギルマスのヨゼフさんに長年お世話になりながら、挨拶一つしないで辞めたことになる。事情があったとはいえ、あまりに失礼だ。
 だからいつか機会があれば、一言謝罪だけでもしたいと思っていた。

 先触れのお使いを出していたおかげで、ギルドで待っていたヨゼフさんは、ザハリアーシュ様や従者たちと訪れた僕を苦笑いで出迎えた。
 本当は一人で行きたかったけれど、今の僕には叶えられない願いだ。
 こうして会えただけでも、十分なのだと思う。

 ヨゼフさんは僕に来賓用の椅子をうながして、「元気か?」と昔ながらの口調で声をかけてくれた。

「はい。何の不足も無くすごしています」
「不足無く……か。新しい暮らしにはなかなか慣れないだろう」
「ザハリアーシュ様をはじめ、周囲の人たちが手を尽くしてくれています」

 壮年になったヨゼフさんの、彫りの深い皺が困ったような笑顔のままでいる。
 僕はひとつ息をついて、お世話になったギルマスに向かった。ただ、雑談をしに来たわけではないのだから、あまり長い時間を取らせるわけにはいかない。

「ヨゼフさんは長年お世話になりながら、挨拶もせずに辞めることになり、すみませんでした」
「いいんだ。事情はアランやクレメントからも聞いている」
「それでも、仕事の途中で投げ出すようなことになったのですから……」

 ふっ、とヨゼフさんが笑った。

「サシャ、相変わらずお前は真面目だな。そして誠実だ」
「ヨゼフさん……」
「同年代のガキたちに、お前の爪の垢でも煎じて飲ませたいぐらいだ。だがその気質こそ、王太子としての資質でもあったんだろうな」

 そう言って、やっと笑顔になる。
 僕もつられて笑みをつくった。

「ここでの暮らしも大変だっただろうか、これからもっといろんなことがあるだろう」
「はい、きっと……。でも今から不安に思っていても仕方がないことです。僕は何も知らないのだから、周囲の人たちに教えてもらって、学んでいくだけです」

 本当に。
 この数日でも実感している。
 王城での暮らしは今までとは全く違うもので、慣れるだろうかと不安に思っているヒマは無い。もう後戻りはできないのだから。

「先日もヨゼフさんに教えて頂いた薬草の知識が役立ち、命を救われましたありがとうございます」

 国王陛下にあった出来事を詳しく話すことはできない。
 それでも、このこともお礼として伝えたく思っていたことだから、僕はそう言って頭を下げた。僕の言葉に、ヨゼフさんはまた困った笑みになる。

「そうか。薬の知識が必要な状況にならないことを願うものだが。役に立ったのなら嬉しい。あぁ……そうだ……」

 ふと、何かを思い出した顔になって、僕の後ろで警護するように立っていたザハリアーシュ様とハヴェル様に顔を向ける。

「この国の四指の一人に、ザカリーという名のアーモスランクのドワーフ族がいる。けっこうな年の爺さんだと思うが、薬草や毒に関する知識を与えてくれた俺の師匠だ」
「ザカリー様」
「ああ、ザカリー師匠は王城の薬草園にも出入りしていたはずだ。タイミングが良ければ会えるだろう。変わり者だが俺の元にいたと言えば、サシャにもきっと親切にしてくれるはずだ。俺以上に学べるものもあるだろう」

 その言葉に僕は明るい気持ちになる。
 正直、僕の薬草や毒に関する知識は、まだまだ足りないと思っていた。王太子となった今はもう、ヨゼフさんの所に通うこともできない。機会があれば本を探すなどして、自分で勉強するしかないとも考えていた。
 ヨゼフさんの師となる人が王城に出入りしているのなら、ぜひ教えを乞いたい。

「ザハリアーシュ様」

 振り返る僕に、ザハリアーシュ様は頷く。

「ザカリー殿が王城に戻りました時には、殿下にお知らせいたしましょう」
「ありがとう」

 王様になる勉強が一番大切なのは分かる。
 けれどアランが作ってくれたせっかくのえんを大切にしたい。
 僕はヨゼフさんにもう一度お礼を言って、生薬ギルドを後にした。次は長く足を向けていなかった冒険者ギルド、クレメントさんがギルマスをしている「狂戦士ベルセルクの爪」だ。

 もしかすると……本当にもしかすると、アランが居るかもしれない。
 声をかけることはできなくても、姿を見ることぐらいは……。

 そんな淡い期待を持っていたけれど、アランはギルドに居なかった。かわりに僕の訪問を聞いて駆けつけていたのは、あの日以来会っていなかった三人。
 冒険者のベドジフと、今は武器職人見習いとなったミラン。そして同じ生薬ギルドに移籍していた、赤毛のモイミールだった。
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