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第四章 二人の道

157 変っていく僕の姿

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 翌朝、少し寝坊して起きた僕に待っていたのは、紹介されていた二人のメイド、ヒラリー とヒルダに身支度を整えさせられながら、従者のロビンにこれからの予定を伝えられたことだった。
 数日は城内で政務を執り行う貴族や防衛の騎士団との顔合わせ、スラヴェナ神殿の神官たちと王族が努めなければならない儀式の概要。交易を担当する有力商人との挨拶や、城下町の訪問。
 僕の、王太子としての勉強の準備……。

 友人レオの埋葬の準備を進める間、ゆっくり城の中を探検する、なんてことにはならないようた。

 上質な衣服に着替えながら、僕は頭の中を整理しながら耳を向ける。
 さすがに着替えは自分でできると言ったものの、髪の手入れだとか、今で気に留めなかったような所にまで手が伸びてきた。軽くブラシで梳いただけ、ではダメみたいだ。
 僕は半分されるがままに、ロビンの報告を聞いていた。
 夕べのことは誰にも言っていないのか、誰も何も言って来ない。その方が僕も気が楽で、ロビンの心遣いに心の中でお礼を言った。

「サシャ殿下の御髪おぐし、この染めた部分はやっぱり消えないですね」
「アオニ草でしたか? 髪が伸びきるまでは、仕方がないですね」

 ヒラリーとヒルダが残念そうにこぼす。

「どうしても気になるなら、短く切ってしまってもいいんだけれど」

 今までは銀の髪を目立たなくするために染めていたんだ。けれどこれからはその必要もない。同時に、目の色を隠すために前髪も長く、半ば伸ばし放題の髪型だった。
 別に僕自身は髪型にこだわりはないから、周囲の人たちが気になるなら、思いっきり短くしてしまっても構わない。
 そう思って言うと、二人のメイドたちは「とんでもございません!」と声を上げた。
 笑いを堪えてロビンが説明する。

「王族は皆様長く伸ばし、伝統的な髪型にする習わしがあるのです。陛下の御髪を覚えておいでですか? サシャ殿下も、背中まで伸ばして頂くことになるかと思われます」

 言われて、オレクサンドル国王陛下の髪型を思い出す。
 母さまと同じ軽く波打つ豊かな髪を、肩の下ぐらいまで伸ばしてゆるく一つに縛っていた。それが王族に求められる髪型だとは思わなかったけれど、そうか、僕もあんな形にする必要があるのか……。

 ……って、髪を長くしたら、ますます男らしくなくなりそうな気がする。

「長い御髪は精霊が喜ぶお姿です。エルフ族の始祖、英霊スラヴェナも、腰ほどに長い御髪だったと聞いております。殿下はとても美しい銀の髪ですから、それは見事であるかと」
「商人や職人たち、いえ、諸外国の貴族や王族たちもきっと、たくさんの髪飾りを贈ってくださるでしょうね」

 メイドたちが楽しそうに笑い合う。
 ううぅ、僕は……いちおう、男なんだけれど。髪飾りもつけることになるのか……。

「なにか、大変だね……」
「殿下はオティーリエ王女にお顔立ちが似ていらして、とても愛らしくいらっしゃいますので、きっと長い御髪もお似合いになると思います」

 微笑みながら言う。
 僕としてはアランみたいにカッコイイ、逞しい男になりたいと思っているのに、どうやらその方向には行けそうにな予感がして苦笑いを返すしかなかった。




 一通り準備を終えた頃、ザハリアーシュ様が迎えに来た。
 身支度を整えた僕を見て輝く笑顔を向ける。そして片膝をついて丁寧に僕の手を取り、指先に挨拶をした。それが王族に対する作法なのだと聞いても、やっぱり……まだ、慣れない。
 アラン以外の人に、こんなふうに手を取られるというのか。

 できるだけ気にしないようにして、僕は他愛ない会話で返して部屋を出る。
 国王陛下が一緒に朝の……と言っても、昼に近い時間になってしまったけれど、お食事を望んでいるということで僕らは陛下の私室に向かった。
 僕の姿を見て、陛下は「眠れたかね?」と笑って問いかけて下さる。
 陛下には夜中に泣いてしまったことがばれているのだろうか。もしかしたら、精霊が告げ口したのかもしれない。

「ロビンがよく眠れるお茶を淹れてくれましたので」
「そうか」

 食事のテーブルに着く。
 一応、アランや冒険者ギルドのギルマス、クレメントさんやヨハナさんから、最低限のテーブルマナーを教えてもらっていたし、ここ数日はザハリアーシュ様からも教えてくれていた。
 それでもスープから一皿ずつ運ばれてくる食事は、いつもキッチンでパンをかじりつつ、慌ただしく出かける準備をしていたあの頃と違いすぎて落ち着かない。これも慣れていかなければならないことなのだろう。

 そう思いながら僕の前に置かれたスープをスプーンに取り、一口、口をつけて僕はハッとした。この匂い、味……微かだけれど間違いない。

 見れば目の前の陛下は、今まさにスープを口にしようとしていたところだった。

「陛下、お待ちください」

 僕の方を見て手を止める。
 給仕をしていた従者を始め、皆が僕に注目した。

「このスープを、口にするのはおやめください」
「サシャ殿下?」
「陛下にとっては、毒となります」

 ザハリアーシュ様がいぶかしむように声をかける。
 僕に言葉を選んでいる余裕はなかった。
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