157 / 281
第四章 二人の道
157 変っていく僕の姿
しおりを挟む翌朝、少し寝坊して起きた僕に待っていたのは、紹介されていた二人のメイド、ヒラリー とヒルダに身支度を整えさせられながら、従者のロビンにこれからの予定を伝えられたことだった。
数日は城内で政務を執り行う貴族や防衛の騎士団との顔合わせ、スラヴェナ神殿の神官たちと王族が努めなければならない儀式の概要。交易を担当する有力商人との挨拶や、城下町の訪問。
僕の、王太子としての勉強の準備……。
友人レオの埋葬の準備を進める間、ゆっくり城の中を探検する、なんてことにはならないようた。
上質な衣服に着替えながら、僕は頭の中を整理しながら耳を向ける。
さすがに着替えは自分でできると言ったものの、髪の手入れだとか、今で気に留めなかったような所にまで手が伸びてきた。軽くブラシで梳いただけ、ではダメみたいだ。
僕は半分されるがままに、ロビンの報告を聞いていた。
夕べのことは誰にも言っていないのか、誰も何も言って来ない。その方が僕も気が楽で、ロビンの心遣いに心の中でお礼を言った。
「サシャ殿下の御髪、この染めた部分はやっぱり消えないですね」
「アオニ草でしたか? 髪が伸びきるまでは、仕方がないですね」
ヒラリーとヒルダが残念そうにこぼす。
「どうしても気になるなら、短く切ってしまってもいいんだけれど」
今までは銀の髪を目立たなくするために染めていたんだ。けれどこれからはその必要もない。同時に、目の色を隠すために前髪も長く、半ば伸ばし放題の髪型だった。
別に僕自身は髪型にこだわりはないから、周囲の人たちが気になるなら、思いっきり短くしてしまっても構わない。
そう思って言うと、二人のメイドたちは「とんでもございません!」と声を上げた。
笑いを堪えてロビンが説明する。
「王族は皆様長く伸ばし、伝統的な髪型にする習わしがあるのです。陛下の御髪を覚えておいでですか? サシャ殿下も、背中まで伸ばして頂くことになるかと思われます」
言われて、オレクサンドル国王陛下の髪型を思い出す。
母さまと同じ軽く波打つ豊かな髪を、肩の下ぐらいまで伸ばしてゆるく一つに縛っていた。それが王族に求められる髪型だとは思わなかったけれど、そうか、僕もあんな形にする必要があるのか……。
……って、髪を長くしたら、ますます男らしくなくなりそうな気がする。
「長い御髪は精霊が喜ぶお姿です。エルフ族の始祖、英霊スラヴェナも、腰ほどに長い御髪だったと聞いております。殿下はとても美しい銀の髪ですから、それは見事であるかと」
「商人や職人たち、いえ、諸外国の貴族や王族たちもきっと、たくさんの髪飾りを贈ってくださるでしょうね」
メイドたちが楽しそうに笑い合う。
ううぅ、僕は……いちおう、男なんだけれど。髪飾りもつけることになるのか……。
「なにか、大変だね……」
「殿下はオティーリエ王女にお顔立ちが似ていらして、とても愛らしくいらっしゃいますので、きっと長い御髪もお似合いになると思います」
微笑みながら言う。
僕としてはアランみたいにカッコイイ、逞しい男になりたいと思っているのに、どうやらその方向には行けそうにな予感がして苦笑いを返すしかなかった。
一通り準備を終えた頃、ザハリアーシュ様が迎えに来た。
身支度を整えた僕を見て輝く笑顔を向ける。そして片膝をついて丁寧に僕の手を取り、指先に挨拶をした。それが王族に対する作法なのだと聞いても、やっぱり……まだ、慣れない。
アラン以外の人に、こんなふうに手を取られるというのか。
できるだけ気にしないようにして、僕は他愛ない会話で返して部屋を出る。
国王陛下が一緒に朝の……と言っても、昼に近い時間になってしまったけれど、お食事を望んでいるということで僕らは陛下の私室に向かった。
僕の姿を見て、陛下は「眠れたかね?」と笑って問いかけて下さる。
陛下には夜中に泣いてしまったことがばれているのだろうか。もしかしたら、精霊が告げ口したのかもしれない。
「ロビンがよく眠れるお茶を淹れてくれましたので」
「そうか」
食事のテーブルに着く。
一応、アランや冒険者ギルドのギルマス、クレメントさんやヨハナさんから、最低限のテーブルマナーを教えてもらっていたし、ここ数日はザハリアーシュ様からも教えてくれていた。
それでもスープから一皿ずつ運ばれてくる食事は、いつもキッチンでパンをかじりつつ、慌ただしく出かける準備をしていたあの頃と違いすぎて落ち着かない。これも慣れていかなければならないことなのだろう。
そう思いながら僕の前に置かれたスープをスプーンに取り、一口、口をつけて僕はハッとした。この匂い、味……微かだけれど間違いない。
見れば目の前の陛下は、今まさにスープを口にしようとしていたところだった。
「陛下、お待ちください」
僕の方を見て手を止める。
給仕をしていた従者を始め、皆が僕に注目した。
「このスープを、口にするのはおやめください」
「サシャ殿下?」
「陛下にとっては、毒となります」
ザハリアーシュ様がいぶかしむように声をかける。
僕に言葉を選んでいる余裕はなかった。
3
お気に入りに追加
362
あなたにおすすめの小説
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
孤独を癒して
星屑
BL
運命の番として出会った2人。
「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、
デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。
*不定期更新。
*感想などいただけると励みになります。
*完結は絶対させます!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる