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第四章 二人の道

149 この廊下が永遠に続けば

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 一気に不穏な気配になってきた。
 どんなに凄い功績を上げたって、僕とアランはごくごく普通の平民だ。そんな身分の者がこんなにすごい王城まで来て、国王陛下に会おうって言う方がおかしいのかもしれない。
 けれど。
 僕たちの方から会わせてくれと言ったわけじゃない。
 是非と望まれて、そして精霊たちの歓迎を受けて僕とアランは来たんだ。

 だからということもある。僕はオマケだから別にいいんだけれど、アランのことを悪く言われるのは嫌だ。
 あの峠の魔物を倒すのに、アランは死にかけるほどの大怪我をした。その原因の一端は僕にあったとしても……人々の平和な暮らしのために頑張ってくれている冒険者を、ただ一言「下賎げせん」と言ってしまう、目の前の宰相クサヴェル・クバーン様を睨むように返して僕は唇を噛んだ。

「そこの子供はとても冒険者には見えませんが」

 僕の視線に気づいたのか、宰相が鼻を鳴らしながら言い捨てた。
 見えないも何も、僕は冒険者じゃない。
 そう、とっさに言い返すのはこの場に余計な争いを生む種になるような気がして、僕は口をつぐんだ。僕はどんな風に言われたって、構わないんだし。

 けれど、半歩前に立っていたザハリアーシュ様はそうじゃなかったみたいだ。
 それとアランが。
 斜め後ろにいるアランがどんな顔をしているか、前を向いている僕には見えないけれど、まるで魔獣を前にした時のような殺気を感じる。

 アランまでがこの宰相の言動に怒っている。
 いきなり掴みかかって行って怒鳴るような非礼はしないけれど、アランが本気で怒ったらそこらの魔物なんか比べものにならないぐらいにおっかないんだ。
 宰相もアランの殺気に気づいたのか、わずかにたじろいたように一歩後ずさった。
 ザハリアーシュ様が言葉を返す。

「サシャ殿は冒険者ではありません。ですが、大切なお方でございます。失礼な言葉は私への侮蔑と受け取りますが、よろしいですか?」
「これは珍しいことを、ザハリアーシュ様も好みの毛色が変りましたかな」

 顔を引きつらせながらも宰相は引かない。
 僕らはいつまでこの人の足止めされていなければならないんだ。
 そう思った瞬間、僕の斜め前にいたもう一人の公爵令息、ハヴェル様が軽く笑い声を漏らした。

「宰相殿、我々が先に進んではならないようなことでも、ありましたかな?」
「ハヴェル・ラシュトフカ殿?」
「我々は精霊の求めを受けここにいる。この道を塞ぐように立ちはだかるのは、精霊の邪魔をしているということ。ふむ……風の精霊たちが不満を漏らしているようだ。早く進めと」

 僕に風の精霊の言葉は分からない。
 けれど廊下のあちこちに飾られている花たちからは、早くおいでよ、先に進みなよ、待っているんだよ……と、かけてきている声が聞こえる。
 そんな僕の様子にも気づいたのか、ハヴェル様が振り向いた。

「サシャ殿にも精霊たちの声が聞こえますでしょう?」
「はい。精霊たちは先に行くように言っています」

 嘘ではないから正直に答えた。
 その言葉に宰相は顔を歪ませて凄んだ。

「ザハリアーシュ様……精霊の言葉が分かる子供などいくらでも居ます。見つかる度に顔合わせをしていては、陛下のお身体にさわりますぞ」
「むしろご安心召されて回復されるのでは? さぁ、サシャ殿、アラン殿、参りましょう」

 ザハリアーシュ様の従者が強引に道をつくり、視線で合図した宮宰ホレス・アストリー様を先頭に進む。
 僕がすれ違う間際、宰相は何か呟いたようだったが僕は聞き取れなかった。
 けど……耳のいい獣人の血を持つアランには届いたみたいだ。長年二人で暮らしていたから分かる。わずかな息遣いで、今にも剣を抜きそうなほどに苛立っているってこと。

「アラン……」

 僕はちらりと振り返り、手を伸ばした。
 いつも温かいアランの指先がやけに冷たい。
 僕は笑顔をつくって囁いた。僕の隣を歩いてもらいたい気持ちも込めて。

「何か緊張しちゃう。手、繋いでよ……」

 ふ……と笑い返す気配。
 僕の一言で、アランの殺気が消えた。

「……しょうがないな」

 微笑みながら呟き返し、一歩後ろを歩いていたアランが僕に並ぶ。そして優しく握り返してくれた。たったそれだけのことなのに、何故か涙が出そうなほど嬉しくなる。
 胸が……ドキドキしてくる。

 初めて出会った、あの森の外の草原から僕らの旅は始まった。

 僕の隣にはアランがいて、こうして手を繋いできたんだ。

 そんな手を、僕はやっぱり手放さないといけないだろうか。アランを……番の、マロシュの元に返すために……。

 時が止まればいいと思う。

 ……この廊下が永遠に続けば。

 けれどそんなことなんて無いんだ。
 僕らは近衛兵が警護する大きな扉の前に辿り着いた。この扉の向こうに、バラーシュ王国の国王、オレクサンドル陛下が待っている。
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