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第四章 二人の道
144 アラン・よく理解した
しおりを挟む俺の言葉に、ザハリアーシュはハヴェルたちと顔を見合わせた。
「サシャ殿を保護したのは、いつだ?」
「四年前……お前たちが魔物討伐で、モルナシス大森林に向おうとしていた直前だ。あの前後、俺は魔物の気配も匂いも、一切関知していない。だが……盗賊だろう人の匂いはあった」
そう、その見地の違いが俺に警戒心を抱かせた。
「あの日、バルツァーレク公爵は武装した兵士を連れて、討伐に向っていた。相手が町一つ亡ぼすほどの凶悪な魔物ならば、まぁ……あり得ないことも無い。だが、たかが盗賊相手に公爵閣下が出張る理由は何だ? それほど大きな盗賊団だったのか? それとも、嘘の情報を掴まされていたのか……?」
ザハリアーシュの顔色が変わる。
「俺には獣人の血が混ざっている。冒険者という職業がら、敵の匂いを嗅ぎ間違えたりはしない。俺はあの時、はっきり言ったはずだ。凶悪な魔物の気配も感じてはいないし、見聞きしたという噂も耳にしていない……ってな」
分かるか?
俺はあの瞬間から、お前たちの言動に違和感を覚えていたことを。
更にに言うならば、真に魔物討伐ならば一刻を争うはずだというのに、公爵様たちは村で湯を浴び、一休みするほどの余裕があった。
相手が魔物だと思っていない、もしくはもう手遅れだということを、事前に知っていたのではないかと俺は読んだ。
ザハリアーシュたちも、そのあたりの情報の齟齬に気づいたのだろう。難しい顔になり、口を固く結んだ。
「俺の方こそ問う。公爵様一行はモルナシス大森林で魔物の痕跡を見つけたのか? 殺された人たちは、どんな死に方をしていた?」
「見つけられなかった」
片手で頭を押さえるようにして、ザハリアーシュは四年前の記憶をたどる。
「凶悪な魔物によって森が焼かれ、そこに暮らす伝説の民が滅ぼされたのだと聞いた。その森は王女が人知れず嫁いだ、エルフ族の末裔が暮らす地だったのだ。だが……私たちが訪れた時、森は全てを葉の下に覆い隠し、死の森となっていた」
「死の森に?」
「そうだ」
答えたのは風の精霊の声を聞くというハヴェルだ。
「言葉にすることもできない残虐な行いに、精霊たちは生きるもの全てを拒絶していた。風の精霊すら何があったのか語らず、森は怒りに満ちていた。そして我らは何も探し出すことができなかった」
「村人はもちろん、オティーリエ王女の御遺体も……」
サシャが言っていた言葉の裏付けとなる話だ。
盗賊が村を襲い、一方的な殺戮を行った。その事実に精霊たちは怒り、駆けつけた公爵一行すらも拒絶したのだろう。どちらも同じ人間族だったから。
「森と伝説の民を襲ったのは魔物だと、最初に知らせたのは誰だ?」
俺の問いにザハリアーシュは答える。
「モルナシス大森林の近くを通りがかった旅人だ。青い瞳に金の髪の女性から、子供を受け取ったという。魔物が森を襲っている。子は魔物の毒を喰らい、一刻も早く治療しなければならない。王都のスラヴェナ神殿に運んでほしいと」
「旅人やその子は?」
「旅人のその後は知らぬ。お子は道中でお亡くなりになった。亡骸は国王陛下の元まで運ばれ、陛下は我が孫、サムエル様であるとした。死後数日がたち、既に瞳が濁っていたせいで色の確認はできなかったが……銀髪で年は八歳ほど、背格好も似ていらした。それに……」
ひとつ息を継いで続ける。
「オリヴェル王太子殿下の自殺の理由が、モルナシス大森林に住まうエルフ族の末裔、及びオティーリエ様を殺害せんと魔物を送り込んだことを悔いてのことだった……」
「殿下自らがそう言ったのか?」
「いや、告白を聞いた従者から。その従者も自害している」
それだけのことが揃いながら証拠が無いと。
いや……誰かの手によって、真実をうやむやにされてきたのだろう。そしてザハリアーシュは公爵という立場上、憶測で物を言うことができない。
「陛下が認めたという……そのご令孫も、本物かどうか怪しいな」
俺は体にに微かな痛みを感じて、息を吐いた。
治癒を施してもらい心配はないと言われても、急激な回復はどうしても負担が残る。少し……話過ぎただろうか。
俺の呟きに、ザハリアーシュが頷いた。
「私も、あの御遺体が王女のご子息だと信じがたい」
「へぇ? なんか違うと感じるたのか?」
「御遺体は防腐敗の魔法をかけられ、今もスラヴェナ神殿の奥に安置されている。背格好や歳は似ていても、そのお顔立ちが、どうしてもご子息だと思えないのだ」
すっかり仲間に対するような口調になったザハリアーシュに、俺は鼻を鳴らした。
「確か……国王陛下は精霊の声を聞くことができたはずだよな」
「その通りだ。我が国の国王は代々、精霊の厚き加護の元に選ばれる」
「ならば精霊が、今は孫ということにしておけ……なんて言ったなら、陛下はそのような言葉を口にしたとしても、おかしくないか?」
俺ならそうする。本当の孫を隠し、守るために。
ある程度自分で判断し、逃げることもできるほどに育つ時間を稼がせる。八歳のサシャなら何もできずに殺されても、十二歳になったあいつなら多少の自衛はできるだろう。
生薬ギルドに勤め、毒や薬にも詳しくなったこの四年は、無駄じゃなかったはずだ。
こんな日が来るだろうことを思い、自分の身を守る術を教えて来たのだから。
ザハリアーシュがやっと納得した顔になり、息をついた。
「アラン殿、貴方がどれほど私たちを警戒し、サシャ殿を隠すように育てて来たのか……その理由、よく理解した」
その言葉に嘘の匂いは無かった。
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