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第四章 二人の道
142 アラン・腹の探り合い
しおりを挟むベッドサイドで手を握りしめていたサシャは、安心したのか俺の胸に頭を乗せたかと思うと、そのままコテリと眠ってしまった。
こんなところは幼いころと変わらない。
泥や土と血を洗い流して質のいい服に着替え、まだしっとりと濡れた髪を撫でる。
そんな様子を見ていた公爵令息、ザハリアーシュ・バルツァーレクは、ふっと息を吐いて眠るサシャの背に手を置いた。
「やっと安心したようです」
「あぁ……」
そのままサシャを抱き上げようとする手に、思わず背を抱く。
チラリと俺を見たザハリアーシュは青い瞳を細めた。
「こんな姿勢のまま寝かせていては、体を痛めてしまいます。別室にベッドを用意していますので、運ばせて頂きます」
声は静かだが有無を言わせない力があった。
俺は……腕こそ動かせても体を起こすほど回復していない。嫌だと言った所で、阻止する力はなかった。
「ご安心ください。黙ってサシャ殿を連れ出したりはいたしません」
「俺に断ったうえで、どこへ連れて行こうって言うんだ?」
「王都バランにあります、王城へ……」
そう言いながら、従者はサシャを抱えさせ部屋を出ていく。
この場には、ザハリアーシュとその友人だと聞いた、頭に一対の角を持つ龍人族、ハヴェル・ラシュトフカ公爵令息。そして、テムヤの町一帯を治める領主、ジェイラス・ギース伯爵が部屋に残った。
俺が言わずとも、サシャの素性にあたりをつけているということか。
「ついに来たか……」
思わず声が漏れた。
「アラン・カサル殿。貴方の活躍は聞き及んでおります。若干十四歳でDランクを取得し、先日、Bの試験にも合格したと」
「情報が早いな」
「それだけ冒険者としての貴方は有名なのです。四年前、初めてお会いした時から、特に耳に止めるようにしておりましたから」
四年前の夏の終わり――サシャを森の外れで保護してカサルの町に向かう道すがら、マイナ村で魔物討伐に向かう公爵一向の小隊と行き会った。その時、討伐の一員に加わらないかと誘ったのは、当時十一歳だったザハリアーシュ当人だ。
俺はサシャが居ることは敢えて言わず、小隊に加わることなく彼らとは別れた。
あの時、サシャの存在を彼らに伝えていたなら、サシャは俺と暮らすこと無く王城入りしていただろう。おそらく、王族の一人として。
だが……そうさせなかったのには理由がある。
「あの子を自分の甥っ子として育てていたそうですが、本当に血縁関係にあるのでしょうか?」
「似てないってか?」
「はい。サシャは……行方知れずになっているこの国王女、オティーリエ・バラーシュ様にとてもよく似ている。瞳の色も。髪色は緑がかった茶色と違いますが……あれは、染めていますね?」
「元の髪色は目立つからな」
ザハリアーシュは瞳を細めた。
俺の言葉の裏にある真意を探ろうとしている。そして俺も探っている。どこまで、何を言えばいいか。この男は信用できるのか……真実、サシャに危害を加えないかどうか。
こんな状況で互いに腹の探り合いになるとは。
「遠回しな言葉で無駄に時間を使っても、病み上がりのお身体に負担でしょう。単刀直入にお尋ねします。彼――サシャ殿は、オティーリエ様のお子ですね?」
本当に単刀直入だな、と俺は心の内で笑う。
「もし、そうだとしたらあいつをどうするつもりだ?」
「まずは質問に答えてください」
「サシャの身の安全を約束できない相手に、言う言葉は無い」
相手が公爵だろうが王様だろうか関係ない。
サシャの危害を加える可能性があるなら、神にだって歯向かってやる。
ザハリアーシュは俺の言葉が癇に障ったのか、綺麗な眉を歪ませた。
「この私が、サシャ殿の安全を約束できないと?」
「王太子殿下ですら毒で死ぬような王城に連れて行こうって言うんだ。公爵様だというだけで、はいそうですか、とはならない」
口の端を上げて笑う。
一瞬、戸惑うザハリアーシュに、龍人の友人、ハヴェルが初めて口を挟んだ。
「アーシュ、この男を並の冒険者と思わない方がいい。凡庸な民草は騙せても、アランなる男は俺たちしか知らない情報も知っているのだろう」
アーシュと呼ばれたザハリアーシュは、同席のジェイラス・ギース伯爵にも視線を向けた。伯爵は頷いて答える。
「どこまで知っている?」
「四年前に亡くなった王太子殿下、オリヴェル・バラーシュ王子は病死だったと国民に伝えられている。だが真実は、王子の毒薬自殺だった……ってな」
「誰からそれを……」
「冒険者の特別な情報網だ。誰からと言えるものじゃない。そして俺はその情報すら、真実ではないと感じている」
王子は誰かの手によって殺害されたのではないだろうか。
彼の人なりを聞き集めるに従って、オリヴェル殿下が自殺するような人物には思えないからだ。冒険者としての俺の勘が、強い違和感を覚えていた。
そしてその勘が正しければ、次期王座を狙う者が城に居る。
そんな場所に、王家の血を引いている可能性のあるサシャを、簡単に差し出せるわけがない。
「王子は誰に殺された?」
ザハリアーシュの視線が鋭くなる。
だが俺は、その視線を受け止め、返した。信用できねぇ相手に、絶対サシャは渡さないとの意思を込めて。
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