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第四章 二人の道
140 僕の秘密
しおりを挟む山間にあるテムヤの街にたどり付いたのは、そろそろ夜が明ける時間だった。
僕らは町の宿屋ではなく、領主のジェイラス・ギース伯爵様のお屋敷に招かれた。既に先触れが行っていたのか、屋敷には既に魔物専門の治療師が待っていた。
手早く進められるアランの治療に、僕は不安を抑えきれずに見つめる。
側に立つ公爵ご令息のザハリアーシュ・バルツァーレク様は、「大丈夫です」と何度も僕を励ましてくれた。
「魔物の傷は剣の物と違い、毒や呪いを受けることがありますが、専門の治療師に診てもらえば心配はありません。特にテムヤの町の治療師は腕がいい。魔物の怪我を負う者が多い土地柄ですからね」
「アランは元気になりますか?」
「勿論です。あれだけの傷を負いながら命を保っているのですから」
そう言って僕の背を押した。
「さぁ、サシャ殿もこちらに。足の怪我は先程治癒いたしましたが、他にも怪我はないか診てもらいましょう」
「僕は大丈夫です。どこも痛くありません」
それよりもアランが心配なんだ。
思う気持ちが顔に出たのか、ザハリアーシュ様は「大丈夫です」と繰り返した。
「何か異変があれば直ぐにお呼びします。サシャ殿も、全身に泥とホコリを受けております。怪我がないのであれば、湯を浴びて来た方が良いでしょう」
言われて初めて気が付いた。
血まみれのアランにずっとすがりついていたから、服も手足も、血と土まみれだ。もう乾いていていたけれど、こんな格好のままお屋敷をうろついていたら誰だって困ってしまう。
「すみません。自分がどんな姿なのか、気づいていませんでした」
「いいのです。それだけ必死だったのでしょう」
言いながら僕の背中をやさしく押す。
暖炉に火を入れた暖かい別室には、既にお風呂の用意がされていた。
「替えの服もご用意しました。少々大きいかもしれませんが、お許しください」
「え……あ、すみません。お洋服の代金はいくらですか?」
今着ている服は血だらけで、もう洗っても取れないだろう。
捨てるしかないのなら、用意してもらった服は買うしかない。
言って僕は、自分の鞄を峠の裂け目の中に置いてきてしまったことを思い出した。持ち物は、手に握っていた金色の小さな魔石だけだ。
「すみません。荷物を……峠の山に置いてきてしまいました。お洋服の代金は働いてお返しします」
そう言うと、ザハリアーシュ様は驚いた顔で床に片膝をついた。
この方は僕とお話をする時、直ぐに膝をついて視線を低くしてくださる。平民の僕にそんなことをする必要のないほど、高貴な貴族様なのに……。
「サシャ殿、着替えの衣服は差し上げます。ですから何もご心配なさらずに」
「でも……僕にここまでして下さる理由がありません」
アランは有名な冒険者だけれど、僕は何も持っていないただの子供だ。アランをここまで運んで治癒を施してくれているだけで十分なのに、更に僕のことまでなんて……。
ザハリアーシュ様は眩しそうに瞳を細めて、微笑みながら僕に答えた。
「では、こうお考え下さい。アラン殿は峠の魔物を数多く屠ってくれました。その報酬として受け取って欲しいのです。そして貴方様は彼がお守りしている者。更に精霊を使い我らに危機を知らせてくれたその功績を見て、これは私たちからのお礼の品なのです」
「精霊を使って……?」
「はい、我が友人、龍人族のハヴェル・ラシュトフカは風の精霊の声を聞くことができる者です。峠に凶悪な魔物が多数押し寄せ、助けてほしいとの声を聞き止め我らは向かいました」
そう言えば……僕は精霊たちに助けを求めた。
僕の全てを差し出すから、アランを助けてとお願いしたんだ。その声を聞き留めて、精霊たちがこの方たちを呼んでくれたのか。
「貴方様が精霊に呼びかけて下さったおかげです」
「僕、必死で……」
「サシャ殿は素晴らしい力をお持ちなのですよ……さぁ、体も冷えております。先ずは汚れを清めゆっくりと温まってから、軽くでも食事を取ってお休みください。アラン殿に何かありましたら直ぐにお呼びしますから」
そう言うと立ち上がって、側に控えていた侍女たちに視線を送った。
頷いた使用人たちが、「どうぞこちらに」「怖い思いをなさったでしょう」「もう心配ありませんよ」と口々に言いながら僕を浴室に連れて行く。
たくさんの明りを灯した浴室は、たっぷりお湯が用意されてた、今までに見たことも無いほど立派なものだった。
僕は思いがけない展開についていけず、頭がぼーっとしたまま体を洗われ、湯に浸かった。やっと息をついたお湯の中で、そういえば、僕が精霊とお話できることはアラン以外の人には秘密だったのに。
「ごめんねアラン。バレちゃったよ……」
ザハリアーシュ様にはで、きるだけ秘密にしてくださいとお願いしなくちゃ。
そう思いながらも、気が緩んだ僕は少しだけ眠くなった。
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