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第四章 二人の道
139 運命の出会い
しおりを挟むそはれ息を飲む姿だった。
昼間になったと思うほどに眩しい炎が辺りを照らし、魔物の一群を燃やし尽くす。それでも生き延びた魔物を、一刀両断で断ち切っていく。
魔物たちは瞬く間に塵となり、魔石を残して消えていった。
攻撃の炎が消えると同時に、光の精霊が辺りを照らす。
僕が呼ぶような小さな明かりじゃない。まるで幾つもの松明を集めたような輝きが、僕らの周囲を照らした。
洗練された鎧を身に着けた騎士様が、アランを抱きしめる僕の方にゆっくりと振り向き手を伸ばす。
「少年……もう大丈夫で――」
穏やかな微笑みで青い瞳の人が言う。
言いながら、見上げる僕と視線が合った瞬間、言葉を飲んだ。
「オティーリエ王女、殿下……」
「え?」
聞き違いだろうか。
この騎士様は今、母さまの名前を呼んだ?
いや……そんな訳がない。母さまはずっと森の中の集落で暮らしていた。森の外から来た人だと聞いたことがあったけれど、「王女」なんて呼ぶ人は誰もいなかった。
けど……だけれど。
僕の母さまの本当の名前が「オティーリエ」だということは、アランにすら言っていない。本当の本当に、僕しか知らない名前だ。
それを、この騎士様はどうして……。
ただの偶然だろうか?
僕が驚いたまま言葉を失って見上げたのを見て、青い瞳の騎士様はハッとした顔になった。
「失礼……知っていたお方に似ていらしたもので。お怪我はありませんか? 私はバラーシュ王国、遠征騎士団団長を務めております、ザハリアーシュ・バルツァーレクと申す者」
「ザハリアーシュさま……」
やっぱり、ずっと前のパレードで見た公爵様だ。
母さまと同じ髪と瞳の色の、馬上の騎士。
騎士様は僕が抱きしめている人を見て、眉根を寄せた。
「そちらの冒険者は、酷い怪我のようです」
言われてハッとして、僕は声を上げた。
「アランを! アランが大怪我をしているんだ! 助けて!」
「アラン……もしや、希代の冒険者として名を馳せている、アラン・カサル殿か?」
僕は頷く。
この人はアランを知っているんだ。
ザハリアーシュ様は直ぐにアランの首元に手を添え、呼吸や脈を確認すると、駆けつけた他の騎士に治癒の指示を出した。
頭に角を生やした騎士様が、町でもめったに見ないような魔石を取り出し、アランにかざし呪文を唱える。顔色は見る間に回復していって、呼吸も穏やかなものになっていった。
「アラン! アラン!」
「ハヴェルが応急処置をしたので、命は助かるでしょう。治療は町に戻ってから。今は体力を回復させるために眠らせておいた方がいい」
そういうと、他の騎士にアランを運ぶ準備をするよう指示を出した。
僕は地面に座り込んだまま、力が抜けてへたり込む。涙がぽろぽろとこぼれ落ちていった。
「よかった……アラン……」
「怖かったでしょう。もう私たちがおりますから、ご心配なさらず」
そう言って、そっと僕の肩に手を置いた。
「お名前をお聞かせいただけますか?」
「あ……ごめんなさい。僕、サシャといいます」
「サシャ殿。ご両親はどちらに?」
言われて僕は、ぽかんとザハリアーシュ様を見上げた。
僕に親はもう居ない。親代わりに育ててくれたのはアランだ。
「いません。アランがずっと僕を守ってくれていた」
「そうでしたか……」
「ザハリアーシュ様……アランは、アランは本当に大丈夫なのですね? 死んだりしないですよね?」
僕の言葉にザハリアーシュ様は瞳を細めた。
「大丈夫です。貴方のような可愛らしい方を残して、この男が命を手放すなどいたしません。さぁ、お立ちになって」
言われて僕は手を取られて立ち上がる。と同時に足首に痛みが走った。そう言えば僕は、足をくじいていたんだった。
直ぐに異変に気づいたザハリアーシュ様は、地面に片膝をついて僕の片足を膝に取る。「痛めていらしているのですね」と呟くと、足首に手をかざした。
すぅっと、痛みが引いていく。
「治癒の魔法が使えるのですか?」
「いえ、魔石の力です。大怪我を治癒させることはできませんが、軽い傷や痛み程度でしたら、癒やすことができます」
そう言って、指にはめた指輪の石を見せてくれた。
僕が持っている魔石より、ずっと明るいお日様のような色の石だ。そのまま手を引かれるように立ち上がった。
それでもまだ、足がガクガクいっている。
眼の前では、急ごしらえで用意した布地を担架代わりに、アランが運ばれていくところだった。僕もザハリアーシュ様に手を取られながら、岩山を下り始める。
けれど足に力が入らなくて、何度か転びかけた。
その度にザハリアーシュ様が、優しく体を支える。
「まだ震えていますね」
「すみません」
「あれほどの魔物に囲まれていたのです。恐怖心が消えないのもいかし方がありません。お許し頂けるなら、抱き上げてもよろしいでしょうか?」
言って僕に腕をのばす。
その腕に、僕は一瞬戸惑った。アランなら迷わず手を伸ばして抱き上げてもらうのに。
「いえ、その……大丈夫です」
「失礼いたしました。ですが足元は悪い。どうぞしっかり掴まっていて下さい」
「はい……」
頷いて僕は、ザハリアーシュ様の腕に掴まりながら峠を下り、テムヤの町に向かった。
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