冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第三章 試練の町カサル

136 旅に出てしまいたい

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 まさか……でも、アランの声は絶対に聞き間違えたりしない。
 僕は思わず声を上げそうになって、口を押えた。ここで僕を見つけたなら、アランはきっと助け出そうとする。
 それでは一人立ちにならない。
 僕は、僕だけの力で乗り越えなければならないんだ。

 そう思いながらも、近づいて来る声に胸が痛む。

「お願い……気づかないで、通り過ぎて……」

 溢れる涙を止められないまま、僕は祈った。
 僕はここでアランと決別するんだ。アランには自由になってもらうんだ。それが……僕にできるたった一つのことなんだから。

「サシャ! おい、サシャー!」

 声を殺しながら裂け目を見上げる。

 手は届かない。助けを求めてもいけない。
 そう思っても気が付けば手を伸ばしていた。アランの声に触れることはできないのに、空気を震わせる声が形になったら、彼のぬくもりを感じられそうで……。

 そう感じただけなのに……裂け目に向って手を伸ばした指先に、ひらひらと光の精霊が集まりだした。

「あ、いや、違う。違うんだ」

 空に向って手を伸ばして、ひらひらと振る仕草で光の精霊が集まって来るのを忘れていたわけじゃない。けれどいつもより反応のいい精霊は、次々と光となって、裂け目の上にのぼっていった。
 アランに居場所がばれてしまう。

 心の中で、ダメ、消えて、と念じても、光は消えるどころかどんどん集まって空にのぼっていく。少しして、アランの声が近づいてきた。
 ベルナルトランクの冒険者が、ほんのわずかな異変を見逃すわけないんだ。

「サシャ!」

 人影が裂け目を覗き込んだ。
 月明かりで影になっていたから、見上げる僕からはアランの顔は分からない。けれど、獣人のアランは夜目もきく。上からは落ちた僕がよく見えていたはずだ。

「無事か!?」

 どうして彼は僕を探しになんか来たのだろう。せっかく自由になったのに。
 僕は何も答えられずに見上げ続ける。
 アランは「待ってろ」と言葉を残して、切れ目から姿を消した。アランのことだから置いて帰った……なんて無い。僕を裂け目から引っ張り出す方法を探しに行ったんだ。

 そう思った通り、少し経ってから裂け目の広くなっていた場所を見つけ出したアランが、どこから長いつたを見つけて下りて来た。
 迷い無い足取りで僕の側で膝をつく。
 直ぐに全身を確認して、僕が片足をくじていることに気が付いた。

「サシャ……」

 低い、優しい声が僕の名前を呼ぶ。

 彼の元を離れなければならないのに。
 僕は一人立ちしなければならないのに。
 ……なのに嬉しくて、涙が止まらない。

「ふぇぇぇ……え、ええっ……ぅ」
「もう大丈夫だ」

 優しい腕が、広くあたたかな胸に引き寄せ強く抱きしめる。
 抱きしめて優しく、頭を撫でる。
 何故こんな所に居るのか、バカなことをしているのかとも言わない。ただ「大丈夫だ」と繰り返すアランの優しさが苦しくて、僕は涙を流すことしかできない。

 ひとしきり泣いた僕の呼吸が治まったの見て、アランは涙で濡れた僕の頬を拭った。

「ひとまず、ここから出よう」

 そう呟いて僕を抱え上げる。
 僕にしてみたら背丈の三倍近くある深さも、長身のアランには何でもないことみたいに、蔦を使ってあっという間に裂け目の上まで上ってしまった。

 月は真上、今はちょうど日付が変わるぐらいの時刻だ。
 何も無ければ、今頃カサルの隣町になる、テムヤの町にたどり着いていた頃だ。アランも改めて辺りを見渡して、僕を抱えたまま呟いた。

「ここからなら、テムヤの町の方が近いな」
「アラン……」
「まずはお前の足を治療してからだ」

 そう言って駆けるように歩き出す。
 僕は抱きかかえられたまま、アランの肩にしがみついた。

 言わなければならないことはたくさんあるのに、喉につっかえて出てこない。

 ごめんなさい。もう離して。
 迷惑ばかりかける僕のことは放っておいていいから。
 自由になって、大好きなマロシュの所に行っていいんだ……と。

 思っても、このままアランの腕の中にいたい気持ちが強すぎて、どうしても言うことができない。いっそこのまま二人で旅に出てしまいたい……と思うぐらいだ。

 カサルの町には優しい人たちもたくさんいたけれど、マロシュたちは最後まで、僕が邪魔でならなかったから。
 今までは立ち向かったり、どうにか友達になれないかと頑張った。
 でも……もう僕には無理だ。あそこまで嫌われてしまった人たちの中で、平気なフリを続けることができない。

 嫌なことから逃げ出した臆病者だって言われても。




 不意にアランが、足を止めた。
 そのまま周囲をうかがうように視線を走らせ、耳を澄ませる。

 草木の少ない岩山の峠はずいぶん先まで進んでいたけれど、僕が街道を外れていたせいでまだテムヤの町までは遠い。そんな場所で立ち止まったアランは、僕を片手で抱きかかえたまま、すらりと剣を引き抜いた。
 剣はいつもアランが使っていた物じゃない。
 昇級試験で痛んだ武具は手入れに出すと言っていた。その間の、代わりの武器だ。

 どうしたの? と聞く前に、精霊たちが囁いた。

 ――とても危険な魔物が近づいてくる……と。
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