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第三章 試練の町カサル
132 ルボル・動き出す運命
しおりを挟む――四年前。
国王陛下が、「次代の王は、精霊の加護を受けた者であり、印として誰にでもそうと分かる奇跡を起こす」とのお触れを出さなければ、玉座は弟君、ヤクプ様の物になっていただろう。
陛下は最近、病に伏せておられると耳にしている。
お触れにある「精霊の加護を受けた者」がこのまま現れず、陛下に万が一のことがあればヤクプ様が次代の王となられる。
そのような状況を鑑み、ザハリアーシュ様は遠征騎士団を私設し自ら団長として、各地を探索することをお決めになられた。
表向きは「魔物討伐を主とする」としながら、その実、「精霊の加護を受けた者」を探すことが真の目的と思われる。我が主ハヴェル様も、ザハリアーシュ様と共に遠征騎士団に籍を置くこととなっている。
今、テムヤの町にハヴェル様が足を運ばれたのは、魔物が出没する地に対する事前の情報収集……というのが理由であろう。
「陛下の体調ばかりではない。アーシュがかのような騎士団を設立した理由の一つに、精霊からの予言があったと聞いた」
「ついに……ザハリアーシュ様も、精霊のお言葉を耳に出来るようになり申しましたか」
「いや。スラヴェナ神殿の神官より受けた言葉だという」
ハヴェル様は王都にある神殿の名を口にした。
我が主は風の精霊の声を聞く。
だが精霊の言葉を耳にできる者は多く無い。わしが知る限りでも国王陛下と亡くなられた王太子殿下、そして行方知れずとなっているオティーリエ王女殿下。他に神殿の神官が数名というだけである。
このわしも精霊の気配を読むことはできても、声まで聞き取ることはできない。
サシャに精霊の声を聞く力があるかは耳にしていないが、あの厚い加護を見るに聞こえていてもおかしくはないと思っている。
ハヴェル様はイスに深く腰掛け、暖炉の火に視線を落としながら続ける。
「アーシュは神殿に安置されているオティーリエ王女のご子息、サムエル様のご遺体を、事あるこどに見守ってきた。そこで神官より、精霊の加護を受けた水色の瞳の少年がこの国に居ると、耳にしたのだという」
安置されているのはエルフ族の血を引いていると思われる、銀の髪の少年だ。
四年前、モルナシス大森林にある彷徨いの森の辺りで保護されたが、王都に向かう道半ばでお亡くなりになった。
年にして八歳程。
国王陛下はそのご遺体を前にして、「我が孫」とお認めになった。
すでに瞳が濁り、母親オティーリエ王女と同じ「水色の瞳」は確認できなかったが、顔立ちや年齢、髪の色から判断したのだという。
今も当時の姿を保つ魔法を施し、ガラスの棺で神殿の奥深くに安置されている。
行方が分からなくなっているオティーリエ王女を見つけ出し、もし存命であるなら引き合わせるための処置である。
幼い頃より王女を慕っておられたザハリアーシュ様は、この四年、どのような思いでご遺体を見守り続けてきたのであろう。
「アーシュは遠からずして……カサルの町で暮らす少年、サシャに行きつくだろう。今もってオリヴェル王太子殿下殺害の首謀者が判明していない時点で、王家に迎え入れることは押し止めたかったのだが……」
同席するギース伯も頷く。
国民には病死とし、王宮内では王子の毒により自殺とされているが、事実は何者かによる毒殺であったことが判明している。それを知るのは、ハヴェル様とごく一部の者。
ザハリアーシュ様はご存じないはずである。
いや、聞き知っていても口には出来ずにいるのかもしれない。
首謀者は王宮内に出入りする誰か。それは思いがけないほど近くの者かもしれない。
そのような状況でサシャを王宮に向えるのは、魔物の巣窟となった迷宮に放り込むようなものである。一日中、常に監視をしなければ命が無い。
あの優しい穏やかな少年を、城という名の檻に捕らえるのに等しいとすら感じる。
自由は無くなる。
数年前からカサルの町で暮らすサシャの存在を知りながら、ハヴェル様がザハリアーシュ様を始め、国王陛下にすら秘密にしていた理由である。
だが今回のような事態になり、精霊による予言まで出たのならば、もう冒険者アランの手に置いておくことも難しいかもしれぬ。サシャがどれほど、アランと共に暮らしたいと願っていたとしても……。
「ルボルよ……」
「はっ」
重い声にわしは身を引き締める。
我が龍の国、アークライトはバラーシュ王国と友好的な関係を続けたく思っているが、それは次代の王次第である。
可能な限り賢王が王位を継ぐよう、ハヴェル様は影に日向にと手を尽くしてきた。それでも他国の内政に故に、限界もある。
もし……王太子殿下に毒を盛るような、私欲にまみれた者が玉座を奪うなら、長きにわたる友好関係も終わるやも知れぬ。
「お前は引き続きアランとサシャの監視を続けよ。可能な限り手出しはするな。仮に、命の危機があったとしても、守るはサシャのみ。取り巻きは切り捨てよ」
アランとサシャ、いずれ二人は引き離さねばならない。
わしは短く返答し、二人の前を辞した。
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