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第三章 試練の町カサル
121 甘い甘いクリームが欲しい
しおりを挟むアランと一緒に居られる。
それだけで僕の心が躍っている。階下で本を探しているのだろう気配を感じながら、僕はダイニングテーブルの上に材料を揃えていく。
今まで作ったことあるパンは、ただ材料をまぜて鉄の平らな鍋で焼いただけだ。パン屋さんで売っているような、ふっくらしたものはまだ上手くできない。
以前、馴染みのパン屋さんで作り方を聞いたことがあるけれど、材料をまぜた後にふっくら膨らむ「種」が必要なんだって聞いた。その種は、それぞれのパン屋で代々受け継がれているもので簡単には明かしてもらえない。
その代わりにと教えてもらったのがパンケーキで、時々作ってはみたけれど、アランに食べてもらえるほどまだ上手くない。
「もしかして僕、けっこう無謀なこと言っちゃったかな……」
上手くパンも焼けないのにケーキだなんて。
誰だって失敗したケーキより、お店で売っている美味しいものの方がいいと思うだろう。
アランはいつも僕が失敗した料理も、「美味いぞ」って言って食べてくれる。それが彼の優しさなんだって、知っている。
「……マロシュなら、料理も上手い……のかな」
思わず呟いてハッと顔を上げた。
ダメだ。すぐそうやって落ち込んで。僕が彼らに敵わないのは今に始まったことじゃない。
「きっとレシピがあればうまくできる」
うん、と気合を入れたところでアランが階段を上ってくる音がした。
「サシャ、見つけたぜ」
「えっ……ホントに?」
「ああ、以前、この家にある物を一通り全部確認した時に、ちらっと見たような気がしていたんだ。興味の無い本だったから、すっかり忘れていた」
そう言って、細かな挿絵の入ったお菓子の本をテーブルに置いた。
僕はびっくりしながら顔を上げる。
「この家にある物を一通り、全部確認……って?」
「あん? まぁ、当然だろ。お前が暮らす家に危険な物が無いか確認するのは。以前住んでいた住人に怪しいものはないと分かっていたが、どんな仕掛けが残されているか分からないからな」
当然だ、という顔でアランは言う。
そうだった。彼は自分でギルドを立ち上げマスターとなる資格があるほど、手練れの冒険者だ。身の周りの全てから危険を排除するのは、彼の生活の一部、本能みたいなものだ。
僕はそんなすごい人に守られているのだと、改めて思う。
だからこそ改めて思うんだ。アランはもっと上を目指したいんじゃないか……って。
「ねぇ……アランは今回、Bランクになったのだから、次はもっと上のAランクを目指したりはしないの? Aは今、この国でも四人しかいないんでしょう?」
「あぁ……まぁ、いずれな」
歯切れの悪い感じで、アランは答える。
「Aになれば国王との謁見も許される。働きによっては、王家直属の騎士になったり、軍隊を持つこともできる。侯爵相当の位に当たるほどのものだ。けど、そのランクを手に入れるのは、Bの比じゃない」
「試験が……とっても難しいの?」
「試験の難しさだけじゃない。師となるAランクの者にまず試験を受けるに値するかどうかを見定められ、良し、となった上で数年かけて試験を行う」
「数年……」
僕は思わず呟いた。
今回の試験は二ヶ月以上かかった。
「なら……もし、Aを目指すことになったら……」
「ああ、何年も帰って来られなくなる。だから今はいいんだ。しばらくはBランクで経験を積んで、時期が来た時に改めて考えるさ」
ここでも僕が邪魔している。
僕が居なければ、アランはAを目指すことができたのに。
「サシャ」
思わずうつむいてしまった僕の顎を指先で取って、上を向かせる。
「確かに昔の俺はAを取ることが生きがいだった。けれど、それは昔の俺だ。今は違う。もっとゆっくり生きていいんだと気がついた。今はがむしゃらに生きることをしたくない」
「アラン……」
「昼間っからだらだら寝たり、床に寝転がっておやつを食べたり。こうしてお前の誕生日にケーキを焼いて過ごしたい。それが今、俺のやりたいことだ」
僕は「うん」と頷いて、きゅっ、とアランに抱きつく。
そんな僕を優しく受け止めて、アランは大きな手で僕の頭をゆっくり撫でながら鼻先を埋めた。
「さぁ、どれにするか見てみようぜ。美味く作れるかな……」
「自信……ないなぁ……」
えへへ、と笑いながら顔を上げて、僕はアランが持って来てくれた本を広げる。
使い込まれた古い本は、素朴なお菓子ばかりだ。けれど……ページをめくるたびに、あれもこれも作ってみたくなる。
「せっかく果物がたくさんあるんだ。たっぷりのせようぜ。お前、好きだろ?」
「うん。あ……このカスタードクリームのがいいな」
「お前がよく作っているパンケーキに、塗ってもいいんじゃないのか?」
呟くアランに、僕はまた驚いて顔を上げる。
「知っていたの?」
「さっきパンは少し作っていたって。こっそり練習していたのは知ってたよ。ったく……なかなか俺に食べさせてくれないから、ずっと待っていたんだぜ」
「え、だって、まだへたっぴだったから……」
「遠征の時に喰う、トカゲの干物よりは美味いだろ?」
ニッと笑う。
すぐ僕をからかうアランに、僕は口を尖らせた。
「トカゲよりは美味しいもん!」
「だったら十分だ。お……こっちにはホイップクリームってのも載ってる。二種類のクリームで食べ比べもいいな」
「その上に果物をのせたり?」
「それにしようぜ。難しいレシピは来年チャレンジすればいい」
笑顔に「うん」と頷いて、僕はボウルや泡だて器にヘラを取り出す。氷も使うみたいだから、魔石で出してもらうのはアランに手伝ってもらおう。
アランは僕の背中にぴったりとくっついて、すっぽり包むように見守っている。
首すじにかかる息がくすぐったい。なんて思いながら、僕は甘いお菓子作りを始めた。
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